邪道【第26回国民体育大会 黒潮国体(1971年)】 記念メダル

第26回国民体育大会 黒潮国体(1971年) 記念メダル

アマチュアスポーツ競技者にとっては夢の舞台です(特に社会人にとっては)

 【第26回国民体育大会】は1971年に和歌山県で開催された国体である。和歌山県は直近では2015年に「第70回 紀の国わかやま国体」を開催していて、国体2巡目となるその時にこの【黒潮国体】のこともプレイバック的に取り上げられていたようである。和歌山県では(・∀・)

 和歌山県民と国体に出場できるようなトップアスリート以外は、現在の日本国民はこの【黒潮国体】どころか「紀の国わかやま国体」ですらまったく関知していないことだろう。それくらい「国体」という文化は現在の日本では存在感の薄いものとなり、存在の是非がいつまで経っても問われている。というか、是非が問われる以前にもう無きものとして話題にすら上がらないのが現状である。日本国民の日常に、もはや「国体」は存在しないとすらいえる。

 是非が問われる理由は、大まかにいえば薄くなった存在感に対して使われる費用があまりにも巨額だからである。国体とは、開催県にとっては10年単位で計画される巨大公共事業となる。準備期間が長いということは、それだけで経費も莫大になる(最低でも担当者の人件費がそれだけの期間かかるし)。もちろん、準備期間が長いのだからそれに見合ったものにしなければならないという暗黙の了解もある。さらには、国体開催に合わせて見合った競技場を造ることが新築にしろ既存の建物を改修するにしろ慣例となっていて、このことはその地域のスポーツの発展に寄与するという意義がある一方で、国体であることがむしろ足枷となって「ちょっとな〜(;´д`)」という出来の競技場が出来上がってしまうことでも問題となる。例えば、「極端に立地の悪い陸上競技場」とかがその際たる例で、詳細は省いてしまうが、国体の開会式を行う競技場に対しては厳格な規定があり、それに遵守した規模のものを造ろうと思うとどうしても郊外の土地を活用せざるを得なくなる。そんな交通の便が悪いところはイオンなら行くけど短距離走の練習にはわざわざ行かないみたいなこととなるのである。

 ちなみに2020年現在でも、2033年に鳥取で開催されることまでは決定されていて、開催が決定している県では、市役所や県庁に担当の公務員が配属されているはずだし(人件費)、競技場の改修や新築が進められているだろう(インフラ整備費)。さらには、国体には「開催県が優勝する」という、長い歴史の中で繰り返されてきたために当たり前のようになりつつもよくよく冷静に考えると笑っちゃうような嘘みたいな悪しき慣習があるので、開催県は競技種目のトップアマ達を地元民にするべく県職員や教員として雇用する施策がこっそりだけども別に隠されず取られるため、ある意味では間接的ではあるが費用が発生することになる(給与とか移住費とかとか)。国体にまったく興味がない大多数の一般ピープルからしたら正直「そこまでして何がしたいの?」と思っちゃうのだが、この慣習は現在もなお脈々と受け継がれる伝統文化である。伝統文化であるがゆえに、途切れさせるわけにはいかないのである(近年では過去に三回この慣習を廃して総合優勝を逃した県があるが、それでも断ち切れなかった負の連鎖。ちなみに’02高知県、’16岩手県、’17愛媛県の三県。ただし岩手県は、東日本大震災の復興を優先して国体に費用を割かなかったためだと言われている)。

 ただ近年の国体ではいわゆる「eスポーツ」が取り入れられるなどなかなか面白い流れもあるので、歴史あるものを簡単に「廃止」とするのではなく、戦後間もない頃「スポーツの力で日本を元気に」的なスローガンで始まった頃のような国体の意義を再び作り出していく道が最も良き方向なのかもしれない。「eスポーツ」もあんまり興味がないんだけども(好きなゲームの実況動画を見るのは好きですよ!)。

 まったくの余談だが、YouTubeには【黒潮国体】当時の動画がいくつかアップされていて、その中の一つ「オープニング」という映像をみると

 聖火ランナーみたいな人が出てきていて(炬火ランナーというらしい。まんま聖火ランナーを模したものらしい)、そういえば高校生のときに授業時間中に国体の炬火ランナーが走ってきたことがあったなぁということを思い出した。高校の敷地内にランナーが走りにくるということで全校生徒総出で旗を持って応援しにいくというイベントだったのだが、寝ていた私を誰も起こしてくれず見回りに来た学年主任の先生に教室で一人でいるところを見つかり「サボっているひねくれ者」的な感じで怒られた思い出がある。別に参加したかったわけではないが、そのようになったのはただ友達がいなかっただけに過ぎない。はい。

記念メダルについて

 この記念メダルで注目すべきは、セット販売されたことであろう。72年開催の【札幌オリンピック】【ミュンヘンオリンピック】のメダルもセットで販売されていたというのは、いわば「国体」と「オリンピック」が当時はほぼ同等に扱われていたことを意味するのではなかろうか(ちょっと言い過ぎかもしれないが)。今では信じられないことである。2020年に【東京2020オリンピック・パラリンピック】が開催される予定であったことはそれこそ全日本国民が知っていると言っても過言ではないが(延期だけど)、2019年の10月に茨城県で「いきいき茨城ゆめ国体」が開催され、2020年10月には「燃ゆる感動かごしま国体」が開催予定であることを知っている日本国民は全国民の5%にも満たないのではないだろうか(数字は勝手な予想です)。2019年は【ラグビーワールドカップジャパン】の大成功に完全にかき消され、2020年は【東京2020】に完全にかき消される予定であった。特に2019年は【ラグビーワールドカップ】と期間がド重なりであったので、スポーツニュースはもちろんのこと、NHKのニュースのスポーツ枠ですら取り上げられたのか怪しいくらいである(取り上げられたのかもしれないが)。実体験からの肌感覚で言えば、その期間中1ミリたりとも世の中にその存在の匂いを感じなかった。どこでやってたの? どころか、国体なんてあったんだレベルである。茨城の「いきいき」ぶりを感じられずまことに残念である。

 そう考えると、現在でいえば例えば国体の関係者が「【東京2020】と一緒に記念メダルのセット販売しましょうよ〜」なんて企画を発案したところで、即刻却下されるのではないだろうか。爆売れ中の【東京2020】メダルの売り上げが落ちることはあれど、上がることはまずないだろうということは簡単に予想がつく。皆、国体メダルは余計なものとして見て、国体メダルとセットではないミライトワとソメイティのメダルをお買い上げになることだろう。

 このメダルの正確な発売時期は謎であるが、【黒潮国体】や札幌、ミュンヘンの両オリンピックが開催される前に発売されたことが裏面の説明書きから読み取れる(「〜開催されます」という記述)。実は【札幌オリンピック】の記事で「開催時期と刻印の日付が符号しないという謎」を取り上げたことがあるのだが、あっさりと解決した。なんのことはなく、【東京2020】メダルと同じように開催前に販売されていただけであった。他のイベントメダルのように、競技会場で販売されていたわけではないわけである(競技会場でも販売されていたかもしれないけれど)。

 このように考えると、日本がボイコットした【モスクワオリンピック】のメダルが、ネット上ではかなりの数が出回っている謎も解ける。ボイコットするとは思っていなかったら、事前に力を入れて売りまくっていたのであろう。出回っているメダルケースの印字から「読売新聞」が販売していたことが判明しているので、販売網としても十分であったことがこれだけの数が出回っている理由であると思われる(ほんとよく見る。が、奥が深く、相当な種類が存在するため、全容は謎である)。
 ちなみに、外箱には「このメダルの売り上げの一部はモスクワオリンピック選手団の派遣費用として充てられる」みたいな説明書きがあるのだが、ボイコットしたわけなので、その「派遣費用に充てられる」とされた金はどこいったんだ〜ということが永遠の謎として残っております。はい。

 とにもかくにも、外箱裏面の「¥1,200」の表示に、「東京オリンピックメダル一枚分の値段じゃん!∑(゚Д゚)クワッ」となる方多数だと思われ。




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