

あれ、、、なんだか目からしょっぱい水が……


【すみっコぐらし そらのおばけのナイトパークin TOKYO SKYTREE®】は2022年8月10日〜11月9日の期間で開催された【東京スカイツリー展望回廊】におけるイベントである。最近はめっきり少なくなってしまったが、この頃は【展望回廊】において記念メダル販売イベントが乱発されていた時期であり、すぐ売り切れになる入手性の悪さと1回あたりの入場料の高額さによって記念メダルコレクター達を苦しみの渦に陥れていた。
私は早々にその”スカイツリー通い詰め”からは離脱してしまったので、要するにこのイベントにには行っていない。だからこの記事では代わりに元映画ブロガーの端くれであった私が『映画すみっこぐらし』を鑑賞した感想をだらだらと垂れ流す記事とする次第である。そう、ここに記念メダル的要素もスカイツリー的要素もない。
私の私による私のための映画鑑賞備忘録である。
映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ
泣いた
(/ _ ; )
泣いたよおじさんは。思いのほかええ話やったな〜。
ストーリーとしては、
あらすじ
喫茶「すみっこ」の地下室で見つけた1冊の仕掛け絵本——その仕掛けが動き出すと、すみっこたちが絵本の世界に吸い込まれた!
桃太郎、金太郎、花咲か爺さん……といった昔話の登場人物としてすみっこたちが活躍するなか、どのお伽話にも出てこない不思議なヒヨコがいた。すみっこたちはこのヒヨコのおうち(居場所)を探してお伽話の世界を旅して回り……
てな感じで進んでいき、最後にこのヒヨコの正体が判明し、別れの時がやってきて……
というところで、おじさんもう涙腺崩壊しちゃったね。子供向け映画と思って洗濯物畳みながらダラダラ見ていたら、笑いあり涙ありのお話で、パンツを畳む手も止まってしまいましたわ。
登場人物達が揃いも揃ってみんなええ子で、おっさんのやさぐれたがもにゅもにゅとときほぐされる感覚でございました。優しい物語やで〜。
こういうお話を書ける大人、マジ尊敬。
映画 すみっコぐらし 青い月夜のまほうのコ

(『映画 すみっコぐらし 青い月夜のまほうのコ』より。以下同じ)
めっちゃ泣いた
( ;∀;)
いや、最初は「前作が良かっただけに今作はいまいちですな〜( ´∀`)ケケッ」とせせら笑いながら観ていたのだが、中盤から泣いた。ただ今絶賛ミッドライフクライシスに陥っている全俺が泣いた。
夢を失うということは、自分を失うということ
これだ。これなのだ。
ミドル世代は、自分の夢が叶わなかったことを、自分の人生から突きつけられる年代なのだ。
私の人生は、大変ありがたいことに、世間一般から見ればそこそこ充実した人生のように映ることだろう。実際きっとその通りだし、これ以上のことを望めば贅沢だと天の神様に罵られることは間違いない。
ただそれは一方で、自分が得られる範囲のもので妥協して築き上げてきただけの産物であるという見方もできるのである。そこに人生を賭けたような挑戦はなかった。挑戦がなかったから、挑戦に見合うだけのものもまた得られなかった——
さて本作のストーリーとしては、
特別な満月の夜にお月様から空飛ぶ船に乗って5人の魔法使いがやってきて、すみっこたちの願いを叶えてくれた。しかしちょっと……かなりトロい末っ子の”ファイブ”は帰りの船に置いて行かれてしまう。次の特別な満月の夜まですみっこの一人”とかげ”の家に居候することになったファイブは、すみっこのみんなへのお礼として、すみっこたちが日々悶々と抱いている「叶わぬ夢」を魔法で消し去って、みんながこれ以上苦しまなくても良いようにしてあげた。
しかし、夢を失うということは、すみっこたちにとって、すみっこらしさを失うということであった——
みたいな話で、深いィィィィィっ(ノ_<) と全俺が泣いた(2回目)。

すみっこたちの願いは「コーヒーカップに入りながらバドミントンをやる」という謎お願いでした。


つまりミッドライフクライスというのは、
(年齢的に考えて)自分の夢がどう足掻いても叶うものではなくなる
(少なくても自分が思い描いていた形で叶うものではなくなる)
⬇︎
自分を自分たらしめていたものを失う
⬇︎
言葉にならない悲しさを抱えながら、それでも日々の生活は忙しい
というような話なのではないかと。
自分というものを見失ったまま人から求められることをこなして必死に生きていることが苦しいのではないか、とすみっこたちが語りかけてくるのである(被害妄想)。トンカツのはしっこが、いつか誰かに食べてもらたいという夢を失い「自分なんて生ゴミだから……」と三角コーナーを自ら被った姿は、まるで私のことを見ているかのようであった。
まあ最後はもちろんハッピーエンドの大団円なわけだが、そこははっきりいって蛇足である(オイ)。
この話は中年のおっさんが心に抱く悲しみの正体を解き明かしてくれる、おっさん(監督)によるおっさん(子供の保護者)のための、自己啓発映画なのである。
ただ、ではどうすればよいのか——その答えは決して、すみっこたちは教えてはくれないのだった。
映画 すみっコぐらし ツギハギ工場のふしぎなコ

(『映画 すみっコぐらし ツギハギ工場のふしぎなコ』より。以下同じ)
泣いたわぁ
(´;Д;`)
本作は、前2作の牧歌的な作風からかなりテイストが変わり、ホラーあり、ピンチあり、冒険活劇あり、胸打つやりきれなさあり……という、付き添いの大人ウケはきっと良いけどターゲット層の小学校低学年の人たちにはどうなのかな? という内容であった。こんなに不穏であったりドキドキしたりしない方がええんでない? と思うのだが、実際の評判はどうだったのだろう。
もちろん私は面白かった。しかし、面白く感じた要素の根幹をなすのが”労働者の悲哀”という観点なので、お子様達がこの映画作品をどう感じるのかはマジで謎である。なぜなら、「かわいい〜⤴︎」だけじゃ済まされない、戦々恐々ハラハラドキドキなストーリー展開で、小さい子だとちょっと耐えられないんじゃないかと心配した次第である。
ストーリーとしては、
大人目線なあらすじ
かつて栄光を極め、拡大路線で生産拡充を繰り返してきたおもちゃ工場であったが、供給過多となりおもちゃは売れなくなり、従業員も一人、また一人と去って行き、ついに廃工場となった。そんな中、すみっこ達が迷い込んだことをチャンスと見て、クマ工場長を即座に派遣し、贅沢な食事と豪華な宿泊部屋の提供によりすみっこ一行の懐柔に成功。工場に住み込む労働者として囲い、最初こそ褒めて伸ばすモチベーションコントロールにて生産数の増加に成功していたものの、”おもちゃを生産することこそが自分の存在意義”とかつての栄光に思考が染まり信じて疑わなくなった工場は、更なる生産量アップをすみっこ達に課していくのだった……
というホラー映画だった。




といった感じである。いや、マジで。
これはきっと高齢化社会における高年齢層の労働についてをテーマにしているんだと思う。超子供向け映画なのに。
なんかねぇ、未来の自分が見えるかのようだったんだわ。過去の良かったとき・活躍していたときの自分にいつまでもすがって、時代が変わったのにやることも考え方も変えられずにいる老害が、若者に対して自分が成功した時のやり方を押し付けて、そしてみんな離れていってやがて崩壊する……
それでもなんとか引き上げられた定年まで完走できたとしても、同じ職場ではもう自分は何も求められておらず、それならばと外の世界にいく覚悟を決める(若者達にそれとなく「ウチじゃなくてもまだ◯◯さんならできることがありますよ!」なんて慰められおだてられながら)。飛び出してみたものの、本業以外はすべてがド素人なためどこにも再就職はできず、年金受給年齢に達するまではいっとき限りのタイミーさんとして門外漢の仕事を請け負い、わずかばかりの時間はじめてのことをこなしてはまた次の職場へ旅立っていく——
そういう話なのです、これ。いや、マジで。
つまり、作り手が作りたいように作ったエゴに満ちた作品なのである。子供向け映画を作りながらも、真に心を響かせたい対象は子供の付き添いとして一緒に観に来る中年サラリーマンのお父さん(お母さん)たちなのである。
そんな自分の虚しく、救いのない20年後の姿を思い描いて、泣いた。
記念メダルについて

デザイン的には何の変哲もないというか、オーク系にしてはつまらんデザインだなというのが正直なところ。

ただまあ、極論売れれば良いので、このイベントのために展望回廊まで登るすみっこファンならば、すみっこたちが描かれている記念メダルであれば何でも良いのかもしれない。だから全員集合メダルにして、どのキャラクターのファンも取りこぼししないデザインでしたという見方もできる。
記念メダルコレクターに至っては、どんなデザインであろうが——それこそすみっこぐらしイベントなのにすみっこぐらしが何一つ描かれていなかったとしても、それが記念メダルであるかぎりどうせ買うし。
キャラクターコラボ記念メダルは、需要が通常の倍以上見込めるのが強みやね!


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