邪道【東海道新幹線開業20周年記念】 記念メダル

↓38ミリメダル(デカメダル)
東海道新幹線20周年記念メダル東海道新幹線開業20周年記念メダル東海道新幹線20周年記念メダル外箱

東海道新幹線開業20周年記念記念メダル外箱

新幹線、しゅるしゅるしゅるしゅる、線路に乗って走る〜

見出しは「ひらけ!ポンキッキー」でやっていたネタ?で、人間ではない小さな男の子と、二足歩行の犬みたいな大人が、「この早口言葉言えるか?」みたいな掛け合いをしていて、男の子が見出しの言葉を全然うまく言えないみたいな内容である。子供心に全然面白くないと思って見ていたのだが、不思議なもので、そうしたものの方が鮮明に覚えているものである。

こんな超どうでも良い内容で始めたのは、特に語ることがないからである。鉄道メダルは、本当に厳しい。てっちゃん要素が1ミリも足りとも備わってないだけに、体の内側からネタが湧き出てこない。

東海道新幹線の開業は1964年の10月1日であるので、20周年記念は、1984年ということになる。30年以上前のことなので、ずいぶん古い記念メダルであることがわかる。現在では50年以上の歴史を誇るわけで、大変立派だと思うのだが、やはりいまいち興味がもてないのは、私がつまらない人間であるからに違いない。

なんでも「世界初の高速鉄道」であったらしい。世界初というのは、素直にすごい(小並感)。1964年当時で時速200キロを超えたらしいので、素直にすごい(小並感)。開業初日に名古屋駅でドアが閉まらないというアクシデントがあったことが以後の「名古屋とばし」に繋がったとか繋がらないとか(いや、繋がりません)。うーん、湧き出てこない。

新幹線の思ひ出ぽろぽろ

語れるほど新幹線に乗ったことはないのだが、人生で最も乗車しているのは東海道新幹線であることは間違いない。くどいようだが鉄道には興味がないのだが、新幹線の「快適さ」は素直に好きで、普段全然乗る機会がないこともあり、乗る前はワクワクしている。ちなみに新幹線に乗るときは指定席一択である。学生の頃は少しでも安く済ませようと自由席を購入していたが、ある日ふと、「指定席なら早めに並んで待っている必要がないじゃん」という至極当然の事実に気がつき、数百円しか違わない指定席券を購入するようになった。この数百円を余裕で捻出できるようになることが、大人になるということなのかと感じる今日この頃。
幼少期に親と乗っていたときも、実は自由席であった。だから寒風吹きすさぶホームで早くから並び、列にデカイスーツケースだけを置いてどこかに行って列車到着間際になるとどこかから戻ってきて平気な顔で列に割り込んで来る大人たちを薄汚い存在として認識していた。と同時に、今思うと「我が家には金がなかったんだな〜」ということを思う。また小さい頃は知らない人の隣に座るのが嫌で、そうするくらいなら立っている方がよほど良かったのだが、親はもちろん子供に気を使って席が空いていれば子供を優先的に座らせてくれていた。その辺の「ボタンの掛け違い」的な意思疎通のできなさをうまく伝えることができず、スパスパ煙草をふかすおじさんの隣で身を小さくしていた思い出がある(幼少期は禁煙車というものがなかったし、お盆か何かのときだったのか、新幹線でも立って乗車していた記憶が多い)。

新幹線内での過ごし方としては、本を読むことが多い。最近ではiPad miniにキーボードを取り付けてブログの下書きをしたことがあるが、個人的にはそんなにはかどらなかった。ただ「新幹線の中でキーボードをカタカタしている自分が楽しい」という、ある種の「できるビジネスマン」への憧れからくる高揚感があり、イベントとしては楽しかった。たぶんもうやらないと思うけど。一昔前に流行った「スタバでMacでドヤる」に似たような高揚感であると思われる。車内でマジで仕事に追われている人にとってはどうでも良いだろうが。
駅弁は個人的にはそんなに好きではなく、冷たくて量も少ないのにコンビニ弁当の倍の値段がする、という印象である。ただ、「新幹線内で食べ物を食す」という行為の特別感は共感できる。チップスターがやたらとおいしくなるのは新幹線マジックである。

↓ただ単にチップスターが好きなだけなんじゃないか疑惑

鉄道に興味はないが、実は電車に乗ること自体は別に苦痛ではない。むしろ電車通勤派である。理由は「移動時間に本が読めるから」である。3年間だけ車通勤の時代があったのだが、読書量が激減したし、何より「車に乗っていると何もできないな〜」ということを日々思っていた。私はクルマも多大な金を掛けている趣味の一つなのだが、それは「通勤含まず」であることがわかった自己発見の日々でもあった。本に関しても、むしろ電車の中以外では全く読まないので、電車通勤でなくなると必然的に何も読まなくなることになる。電車通勤大好きである。
新幹線に乗るワクワクは、実は本をじっくり読むというワクワクとセットなのかもしれない。

記念メダルについて

裏面が図柄と刻印面とに分けられていないタイプなので、不人気or需要少の記念メダルであると思われる(刻印しようと思えばできると思うけど)。私のように邪道な入手の仕方で記念メダルを発掘することをいとわないタイプの記念メダラーが「茶平製か否か」を見極めるポイントは、一番多いのは「刻印面があるかどうか」で、二番目はケースの裏(あるいは外箱)に「CHAHEI」の文字があるかどうかではないかと思われる。このメダルの場合は、ケース裏に「CHAHEI」の文字があるのでそう判断ができる。一方で、明らかに刻印面があるのにケース裏には「CHAHEI」の文字が無いものもあるので、「茶平製だからといって必ずあるとは限らない」という難しさもある。つまり、刻印面も「CHAHEI」の文字もないけどどうみても茶平っぽい、というメダルの判断は、実は確認手段がないに等しく、もぞもぞと身悶えてしまうのであった。そのため「茶平か微妙」というカテゴリーを設けることとなった。

この場合、せめて販売元だけでも分かれば、それが「オークコーポレーション」や「東海メモリー」「日本メモリー」といった(記念メダル販売の)有名どころであれば「ああたぶん茶平だなぁ」と判断がつくのだが、むしろ販売元がわかるのはレアケースである。何も情報がなければ、結局茶平工業に確認するしか術はなく、確認しても判明するかはわからない(古いものであれば特に)。そんなわけなので、アーカイブスを作りたいなぁという野望の途中経過がこのブログなのであった。

記念メダルの図柄としては、まさに東海道新幹線を象徴するものとなっている。乗車していて富士山付近を通過するときは、車内がなんとなくソワソワする。東海道新幹線に乗ったからにはとりあえず見ておきたいという心理が働くのは、それが富士山だからであろう。他の山ではダメなのだ。

神奈川県に住んでいるときは、晴れていれば毎日自宅から富士山が見えていた。だから日常の風景の中に富士山は存在していて、正直特別な存在ではなかった。それが大学進学を機に下宿を始めてからは、不思議と富士山を見ることが特別なこととなった。

別れてはじめて相手の大切さがわかった、みたいな?

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