【販売場所@浜松会場】
@チケット販売場所の隣
備考:この会場から『ちびまる子ちゃん』コラボメダルが発売されて記念メダル界隈が騒然とした。
【販売場所@浜松会場】
@場内グッズ売り場
備考:アクリルケース付きなのに、販売機で3枚購入するより100円安い。
【販売場所@名古屋会場】
@チケット販売ブースの裏手(入場不要エリア)
備考:刻印機が超特殊仕様
宿題をサボるまる子より確実に勉強している大人・私(@浜松会場)
【志村けんの大爆笑展】の始まりは2021年8月の大阪会場であり、もうすぐ2年が経とうとしている。私が足を運んだものの色々ミスって空振りに終わった名古屋開催からも1年が経とうとしているのかと思うと、時の流れに身を焼かれそうである。何も成長していないのに身体だけ老いていく——身体は成長せずとも各エピソードで心だけは毎週日曜日の夕方6時に成長を遂げるまるちゃんの方が、人間としては正解なのかもしれない(翌週にはその成長が振り出しに戻っているのかもしれないが)。
ポスターに書かれた「”日本全国”を笑いの渦に」というキャッチフレーズに偽りはなく、この2年の間に大阪、東京、宮城、石川、福岡、愛媛、長野、愛知、富山、群馬、青森、広島、岩手とまさに全国を駆け巡り、現在は北海道で開催中である(2023年5月14日まで)。またこの間、東京では計3回の開催があり、東京での売り上げってやっぱりデカいんだなと他の地方都市との格の違いをお笑い界の巨匠にまざまざと見せつけられている。名古屋なんて耳カスである(人口230万人都市を無闇に敵に回す発言)。
私が前回訪れた名古屋会場では初日と翌日のみ予約制(故・仲本工事氏がゲスト来場したため)ということを知らずに呑気に足を運んでしまったため、展示を見られずにスゴスゴと退散する憂き目にあった。そのため、今回はリベンジ訪問ということで、展示内容への期待感が常人の1.5倍くらいに膨らみながら出発した。期待に胸を膨らまし過ぎてJR浜松駅に到着したのが朝7時過ぎだった。
会場である遠鉄百貨店は浜松駅前にそびえ立つ。ちなみに逆方向には【アクトタワー】がそびえ立っているので、ついでに立ち寄る記念メダラーの方々がちらほら。
そんなわけで、入場だ!
入場するといきなり「撮影禁止」の文字が至る所に貼られているので(高木ブー氏のサインは撮影して良いかちゃんと確認しましたYO!)、ブログで報告できることというのは実はかなり少ない。内容としては”志村けんの歴史”といったパネル展示が文字中心、写真それなり、映像少なめで展示されているといった感じで、内容密度としては正直Wikipediaの内容とほぼ被る(ボリュームでは当然Wikipediaが上となる。イベントではむしろ内容を良い意味で精選している感じ)。まあこのイベントが先か、ウィキペディアの内容が先かはわからないので、タマゴが先かニワトリが先かみたいな話ではあるが。文章の雰囲気もなんとなく似ていて、どちらが寄せた、どちらが参考にしたかは知る由もない。まあ「ザ・ネット社会( ´ ▽ ` )」という気分となった(なんじゃそりゃ)。
で、志村けんの来歴や偉業を紹介するコーナーが終わると、志村けんのコントで登場した様々なキャラクターと記念撮影ができるフリー撮影スペースへと到着する。一番人気はやはり「バカ殿」のアイーンで、長蛇の列ができていた。そこにパンダのぬいぐるみを持って一人で並ぶ勇気が出なかったしょぼいおっさんがここにいますよっと(普段「誰もお前のことなんて見てねーよ」とかうそぶきながら)。
そんなわけでメイン写真不在となったなんとも冴えない記事となってしまったわけだが、その他は割と頑張って、様々な人たちの隙を突いて、撮影してきた次第である。
2度目の挑戦により念願叶ってようやく展示を見学できた。会場に広がっていたのは志村けんの全盛期を辿っていくような展示の数々で、その”笑い”は、同時に私の幼少期から青春時代にかけての”笑い”と重なる部分が多かった。それを踏まえた上で、率直にこのイベントに対して抱いた所感としては——
話が少しズレるが、2017年頃にとんねるずの「保毛尾田保毛男(ほもおだほもお)」というキャラクターのコントをご本人達がリバイブして、ネット上で炎上したことがあった。詳しい説明は省いてしまうが、要するに「30年前はお笑いネタとして広く認知されたものが、現在の社会的倫理観では受け入れられない”笑い”であった」といった話である。もちろん”笑い”として受け入れられていた時代においても、その”笑い”によって実は傷ついていた人がいる可能性は正直大きい。傷つけられている人が周囲と同じように笑顔を浮かべているなんてことは、よくある話である。あなただって私だって、人に傷つけられたときに、自分を守るために笑顔を浮かべてヘラヘラしたことがあるだろう。笑っていたから傷ついていない、は間違いなのだ。
賛否両論巻き起こったこのことに対する私の個人的な意見等を表明するようなことはもちろんしないが、そうした世の中の経緯を踏まえると、上記の写真1枚とっても結構難しいなと思ったり、思わなかったり、思ったり。
例えば、バレリーナの公式団体等がTwitter上で物申すことがあったなら(そういう団体が本当にあるのかも知らないが)、恐らくこれも賛否両論巻き起こるんじゃないかな〜と思うのである。バレエという芸術活動に命を賭けている人からしたら(演じる方も鑑賞する方も)、自分が命を賭けているものに対して、股間に白鳥を生やした格好で揶揄されたら嫌な気持ちを抱くかもしれない。そして嫌な気持ちを抱くという人に対して「心が狭い」と攻撃する人もまたいるかもしれない。賛否両論を巻き起こすのは実は結構簡単で、特に昔の”お笑い”に対してただ正論を述べれば良いだけなのかもしれない。
そうなると、現在のネット社会で”お笑い”というものをするのも命懸けだなと感じる。例えば「ひとみ」も、この高齢化社会においてすっかりマジョリティとなったお年寄りを揶揄するような内容ともとれないこともないし、
「デシ男」も、地方出身者、あるいは軽度知的障害者を揶揄するような内容であると言われてしまったら、もしかしたら返す言葉がないかもしれない。
「いいよなおじさん」は完全にセクハラなので女性への性的搾取を笑いにしていると言われてしまえばぐうの音も出ないかもしれない。
「変なおじさん」もまた、現実世界の本物の”変なおじさん”による被害に遭った人が「見ていたら過去をフラッシュバックしてしまう」等の苦言を呈したら、制作側はそれなりの対応を迫られるかもしれない。不審者を演じていることは自らが認めているところでもあるのだから。変なおじさんと自称しているわけだし。
ここで一つはっきりさせておきたいのは、私は毎週『志村けんのだいじょぶだぁ』を観てゲラゲラ笑っていたし(人間ルーレットとか友達とよくやった。私がルーレット側になることもあったし、友達をルーレットにして回したこともあった)、火曜日になぜだかよく放映されていたドリフの再放送を観て、いかりや長介にひっぱかたれる高木ブーを観て笑っていた人間であるということだ。正直、超面白かった。前述の通り、私は志村けんのコントと共に幼少期から青春時代を過ごしてきた人間なので、今回の展示内容を見て懐かしさと共に郷愁の念や幼少期の思い出すら湧き出たくらいであった。だからまったく嫌な気持ちにはなっていないし、私の世代にドンピシャでハマる展示内容であったといえる。
ただ一方で、ちょっと心配になっちゃった、というだけの話である。当時の価値観や倫理観が現代社会にマッチしない今、例えば過労死問題が取り沙汰されて久しい昨今、『24時間戦えますか?』なんてCMが現在では放映されないだろうというのと同じ次元で、心配になっちゃうのである。
志村けんが死去する2020年3月まで、フジテレビの志村けんによるコント番組は継続されていた。継続して視聴しているときには全然感じなかったが、改めて振り返ると個人的にはやはり内容はマイルドになってきていたように感じる。それは必要な変化だったと思う。が、一方で、柔らかい方向で変化があってもなお、志村けん以外が同じ内容のコントを演じていたら、果たして同じように許されていたのかなとも思ったり。
そんなことを言われたら何もできなくなるじゃんという意見は当然出てくるだろう。つまり「そういうケチをつける人がいるから、面白くなくなっていくんだよ」的な、テレビが面白くなくなった等の話でよく挙がるヤツである。しかし、苦しみを感じてしまうことをまるで罪であるかのように責め立てることもまた間違っていると考える。この手の話題は常に「苦しみを感じる者」と「寛容さがなく息苦しいと思う者」の二項対立になりがちである。
このことは、マジョリティがマイノリティを排他的にすることを認めるのか否かということに結びついていく。そんな大袈裟な話をしているわけじゃねーと言われそうだが、マイノリティ側からすれば大ごとなので、つまり物事の捉え方、規模感からして違うので、両者の溝は決して埋まらないだろう。
で。
私は実はどっちがどうとか言うつもりなど毛頭なくて。自分の中にあるのは、年老いていく自分が、時代の変化、価値観や倫理観の変化に付いていくことができず——あるいは自分が年老いていくことそのものに頭の中が付いていくことができず、いつか加害者側になってしまうんじゃないかなという恐怖心である。素人ながらも、私は常にウケを狙っていく姿勢の人生であったので……って伝わりますかね。。。
まあちょっといろいろとごちゃごちゃしてきたので私なりの結論を述べてしまえば。
これからの”笑い”というのは、もはや基本的には自虐ネタでいくしかないんじゃないかな、と個人的には考えていて。もっといえば、いつか自虐ネタだって許されない日も来るのかもしれない。そしてこれらの流れは——いかなる場合であっても他人を傷つけないようにするということは——もしかしたらこの世界のあるべき姿に向かっていっていることを意味するのかもしれないし、あるいはもう少しだけ寛容であるべきかもしれないし。もうわからないね〜(*´∇`*)。
このように考えると、私のブログは基本的にはウケを狙っているゆえに毒を吐く側面が強いので、いつかは全てが許されなくなる日が来るのかもしれない。例えば、私はこの後、「ザーッと見学すると入場料1000円が光の速さで消費されちゃうNE!。【サザエさん展】の時も感じたけど、デパートの催事場で開催されるイベントはびっくりするほどあっさり出口に辿り着くよね‼︎」といったことを書こうと思っているのだが(もう書いている)、もちろんこれを読んで傷つく人はいるだろう。主催者とか。
全然人気がないブログであるから何事も起こらないが、もしも月間50万PVを稼ぐような人気ブログであったなら、とっくに大炎上しているかもしれない。つまり、炎上していないのは誰にも見られていないから——布団の中で一人いくら不謹慎なことを叫ぼうが誰も聞いてないから、かもしれない。
うーん、話がごちゃついたから、終了\\\٩(๑`^´๑)۶////
とにもかくにも、何が言いたかったかというと、志村けんが全盛期だったときの時代を感じさせる展示だったなぁという話であった。ちゃんちゃん。
その他 気になった諸々
お出かけ前の確認(@名古屋会場)
【志村けんの大爆笑展】は、2021年8月の大阪会場を皮切りに東京、宮城、石川、福岡、愛媛、長野、そして私が足を運んだ愛知会場と日本全国をなかなか幅広く巡ってきた巡回展である。ただ記念メダル界隈でこのイベントが話題となったのは2会場目の東京からで、スタートの大阪会場の時点ではイベントの存在すら知られていなかった。例によってTwitterで東京会場にて小判型メダルが販売されている様子がアップされたのでにわかにガヤガヤしだしたのである。そんなわけで、大阪会場でも小判型メダルの販売があったのかどうかは謎である。東京会場以降の会場では全てで販売があったことは確認済みなので、大阪でも販売されていたと考えるのが自然ではある。しかし、個人的には販売されていなかったんじゃないかな〜と予想している。なぜなら、あまりにも話題に上がらなすぎだからである。転売もされていなかった(賛否両論ある記念メダルの転売ですが、転売によってその存在を知るってパターンがたまにあります。【185系メモリアル】のメダルとか)。
会期の途中から記念メダルが参戦してくることは茶平あるあるの一つである。
名古屋展は「名古屋PARCO南館7F」のイベントブース全面を使用してなかなか大規模に開催されていた。過去このスペースで記念メダル販売を伴うイベントは数回行われており、【みうらじゅんの100冊展 勝手に観光協会】はその一つである。
さて、このイベントに関して私が述べられるのは、ここまでである。
何を大層に「私が〜」だ。殺すぞ! と思ったそこのあなた。これが文字数稼ぎというやつである。
私が訪れたのは名古屋会場開幕日の2022年5月28日(土)のことである。初日、そしてその翌日に関してはなんと日時指定の前売り券が必要だったらしく、入場制限により入れなかったのだ!
正確には13時ごろに到着して17時〜のチケットは販売されていたが、気持ち的に待てなかった。名古屋の繁華街「栄」の街は、ただただ人が多かった。いつの間にか大量の若者を見ると厭世観に苛まれてしまうおっさんに成り果てていた。早くおうち帰りたい。
そんなわけでイベントの内容はさっぱりわからないまま、入場できないにしても会場周辺の雰囲気でも撮って来れば良かったのにそれもままならないまま、記念メダルだけを購入してスゴスゴと退散してしまった年老いた男が一人。
ただ会場を去る時には「必ずもう一度来よう!」と固く決意をしていた。やはり記念メダルブロガーたるもの、そして記念メダル図鑑の完成を目指す者として、イベントの詳細を記録として残しておくのはそれはもはや「使命」であるといえる。将来一流のポケモンマスターになってポケモン図鑑の完成を目指すサトシならば「必ず君をゲットしてやるぜ!」と拳を振り上げてカメラ目線で宣言するところである。
しかし問題なのは、記念メダルはすでにゲットできていることである。サトシくん、君なら欲しかったポケモンをゲットできていたとしても、「これだけじゃオレは不満だぜ! 結果より内容だぜ!」といって再び足を運ぶことができるだろうか? おじさんにはまったく自信がありません。だって若者ばっかりなんだもん!
いや、別に若者が嫌いというわけではなく、むしろ最近の若者の能力の高さには驚くばかりである(特に職場で)。日々、自分が窓際族へと変貌していっていることをヒシヒシと感じている。私の足が重いのは、若者の街に何を着ていったら良いのかわからなくなってきた、というのがその理由である。それも結構切実な。
いや、これが秋とか冬とか春先であるならばまだ良い。ジャケットとチノパンさえ着てりゃとりあえずOKというのが、清潔なおじさんを目指す者のスタンダードである。しかし夏になると、おじさんだけどジーパンとTシャツで良いのか問題というのが勃発する。いや、近所のスーパーに行くならもちろんそれでまったく、全然、これっぽっちも問題はないだろう。が、ここは若者の街「栄」である。汚らしいおっさんに人権はないのである(美少女ゲーマーが発したら大炎上しそうな発言)。最近すっかりメタボ日本代表のレギュラー取りに成功し始めた私(健康診断の腹囲測定で「今年はだいぶ出ちゃってるみたいですねぇ」と言われた)は、せめて街ゆく綺麗で華やかな若い女性達の視界に映らない存在でありたいと願ってやまないので、せめて「栄」の街の風景の一部でありたいと思うのである。誰もお前のことなんて見てねーよという声が今にも聞こえてきそうだが、私は「明らかに街の雰囲気から浮いている格好の人」というのが異様に目に入り、あまつさえ目で追ってしまうような人間なので、自他共に認める自意識過剰おじさんなのである。嗚呼、人目を気にせず生きていきたい。
そんなわけで、次に栄に来るなら「平日にスーツ姿が良いな!」という大人にとっての制服宣言(何それ?)をしたものの、果たしてそんなことは可能なのか? という自問自答を抱えて現在に至る次第である。頑張る気力があるとは思えないが、もしかしたら奇跡的に超ポジティブかつアクティブかつクリエイティブな日(何それ?)が突如としてやってきて、志村けんに会いに来られるかもしれない。その時にはもちろんまたここにその詳細を記す予定である。続報を待て!(出ないパータン⁉︎)
↓ちなみにこの動画で濱家さんが言っていたヤーツ記念メダルについて
@浜松会場
記念メダルに関して特筆すべきは、もちろんちびまる子ちゃんコラボの件である。小判型メダルに関しては下記@名古屋会場の項を参照されたし。
このデザインは非常によくできている。とくに「ひとみ」メダルはかなりお気に入りの一枚だ!
記念メダラー的に何が心にグッと来るかといえば、どことなく裏面デザインのような香りがするところだと思う。背景の提灯が良い味を出していて……って、絶対に一般の方には通じない価値観。
裏面デザイン的という観点ではバカ殿メダルもどことなくそれを感じるのだが。
私はやはり「ひとみ」が好きかな〜。
ちなみに小判型メダルが販売されている都合上、【名古屋城】等で見られる、通常メダルも小判型メダルも両方刻印できるハイブリット型刻印機であった。
ただこの刻印機、うまくいかなかったね!
【名古屋城】の刻印機ではこんなことにはならなかったので(むしろ何なら通常より上気味に刻印される)、この刻印機固有の問題かな〜と想像する。がもちろん真相はわかりません!
まあ私は気にしないし、コレクターではない人だとむしろこんなものだと思って特に気にすることはないと予想されるので、結果的に些細な問題かもしれない。刻印の位置を気にする人間なんぞ恐らく全体の5%以下であろう。これが30%くらいになったとき、記念メダルが世の覇権を握った世界になったといえる。そんな日が来ることを夢見て——
@名古屋会場
このイベントのメダルに関して特質すべきは、もちろん「小判型メダルのみの販売」という点であろう。未だかつて「小判型メダルのみの販売スポット」というのは存在したが、イベントで小判型メダルのみを販売するという、触れるだけで傷ついてしまう尖ったナイフのごとき販売戦略を打ち出した企画というのは存在しなかった。尖り過ぎていて、世の記念メダラー達に「買うのか? んっ? 買うんだよなぁっ⁉︎」と恫喝するがごとき忠誠心の踏み絵をさせているかのようである。
茶平工業製記念メダル界隈において、小判型メダルを収集対象に含めるのかどうかは古くから議論を呼ぶところである。私は最初期には収集対象外としていたが、ブログを始めてから「やっぱり購入するぅ〜! 図鑑の完成を目指してるしぃ⤴︎」といった具合で遅まきながら収集を始め、【箱根関所】の小判を無事買い逃すという憂き目に遭った。メダルはいつだってメダラーのぐずぐずを待ってはくれない。
そんな微妙な立ち位置に君臨する小判様ではあるが、コレクターズアイテムとして見るのではなく、「志村けんのバカ殿グッズ」として見たら、これほどイベントの特性とマッチしたメダルは他に存在しないだろう(そしてそれこそが正当な見方だ!)。そもそも論として「なんで記念メダルを小判にするねん?」という疑問が湧くのだが、志村けんのバカ殿様に関しては、小判である必要性があるのだ。見事なまでに。なんたって殿様なのだ。
このメダルは、志村けん——バカ殿を愛するファンたちにこそふさわしいメダルであるといえる。バカ殿を愛する者が、バカ殿イベントに足を運んだ記念として、バカ殿に相応しいアイテムに日付とメッセージを刻印し、自分だけの一枚を胸に思い出と共に帰路につく——
なんてまっとうな記念メダルなのでしょう( ´∀`)
記念メダラー達がうっかり忘れがちとなる「記念」という部分とファングッズという部分が見事に融合したメダルであるといえる。その形状に必然性があり、「特に深い考えはないけど売れそうだからとりあえずメダルに印刷してみました★」みたいな某テレビ局のメダルとは訳が違うのである。
ビバ! バカ殿様‼︎
また、もう一つの特筆すべきことが、刻印機にあった。
「小判型専用」という点は、確かに珍しいが、しかし過去に例がなかったわけではない。問題なのはそこではなく——この刻印機は「刻印無料」なのだが、その”無料の仕方”が今までないパターンだったのである。
何この赤いボタン∑(゚Д゚)タイムボカン
刻印無料の刻印機は、昔は血眼になって探してその情報があればメダル巡りの最後の場所に設定して購入してきたメダルをまとめて刻印するという30円/枚をケチるセコさのハイエナ達が群がる場所と化していたが、昨今では特段珍しく無くなった(別にお得になったわけではなく、たぶんメダル代に刻印代を含めるみたいな考え方に変わってきたのだと思う)。ただその場合の刻印機には、通常30円を入れる投入口が「刻印料無料」の表記で塞がれているのが定石である。
懐かしのストⅡを彷彿とさせるようなこの赤いボタンは一体なんのためにつけられたものなのか?
役割としては、「ボタンを押すとお金を投入した処理がなされる」といった感じだと思われる。通常の刻印無料の刻印機ではメダルをセットすると即入力モードに移行するが、この刻印機の場合は「お金擬似投入」という一手間が加わることになる。表示もボタンを押すまで「カネクレ」となっている。
説明書きにも「②赤いボタンを1回押す」とある。もしかしたら過去にはこの仕様の刻印機が活躍していた時代があったのかもしれない。
平成生まれ以降の方々には一切通じないだろうが、この位置、この角度でこのボタンが配置されている。
ネオジオの筐体を思い出す( ´ ▽ ` )オッサン
という特に深い話でもないネタを言ったところで、完。
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