茶平か微妙【第31回国民体育大会 若楠国体(1976年)】 記念メダル

佐賀国体記念メダル
38ミリメダル(デカメダル)

オイルショックの影響=地方色豊かな国体

 【若楠国体】は1976年に佐賀県で開催された国体である。S・A・G・A佐賀! のあの佐賀県である。このときはよもやあれほどディスられることになると県民一同思いもよらなかったことだろう。

 個人的にはギターではなくベースで弾き語りをしているところが好きですけどね!

 この国体はオイルショックの影響を受けて財政的に厳しくなり、参加人員を4000人減とする案が佐賀県から体育協会と各競技団体に提示されたらしく、怒った団体が開催権取り上げを叫んだらしい(Wikipediaより)。結局このメダルが示すように開催されたわけだが、いままで行われてきた行事が取りやめになるなどの縮小措置が取られ、「質素な大会」を目指し運営されたらしい。ただ佐賀県の公文書館が公開している資料を見る限りは「聖火リレー」もやっているし「佐賀国体音頭」なるオリジナルソング&ダンス?が作られるなど、それなりに頑張って開催されたのではないかという印象である。というか、費用がないならまず記念メダルの製作を取りやめるべきだったのではないかと思うのだが、どうなのそこんところ。

 日本スポーツ協会のアーカイブには「地域の実情に即した地方色豊かな国体像を描く」と記されており、物は言いようもここまでオブラートに包める技術があれば天晴れであるとしかいえまい。しかし担当者はオブラートに包み過ぎたことを反省したのか、すぐさま次の一文で「秋季大会参加人員を縮小」とズバッと言ってしまっている。しかしそのあっさりとした文体がまるでなんでもないことがついでに書き添えられているかのような印象を読む者に与え、「地域の実情」とかどっかに飛んでいく。天才が書いたのではないかと思うアーカイブであった。私も記念メダルのアーカイブスを作りたいならこんなにくどくど書くべきではないのかもしれないと迷いが生じているなうである。

 先に述べた佐賀県庁の公文書では、「国体誘致に関するお願い」という文書が公開されている。説明書きに「どこ宛に出されたか、また実際出されたかは不明」とあり、「えっ? 公文書ってそんなテキトーな感じなの?」とびっくりなのだが、なにはともあれその中身に「地域振興」に大きく寄与しているからみんな協力してねという部分がある。過去何度も書いてきたが、この辺は現在の「国体」というものに対する感覚とはかなり隔たりがあるように感じる。昔は国体って盛り上がってたんだな〜としみじみ思うわけである。

 現在、国体は「地域振興」に全く寄与しないと断言できる。一昨年、去年、今年、来年の国体がどこで開催された(される)か全て答えられる日本人はほぼいないだろう。「知らないうちにどこかでやっている」というのが現在の国体の認知度であり、その存在意義が改めて問われている。もちろん競技者にとっては「国体選手」という肩書きは「日本代表」の次くらいに一般人相手にもわかりやすく通用するという意味でもかなり重要な肩書きであるが、少なくても「地域貢献」という面では費用対効果はそんなに高くないと思われる。しかし開催の是非が問われることはほとんどない。少なくても一般市民レベルで議論になることはほぼない。議題にも上らないほど一般ピープルの意識からは消え過ぎているのでは? なんて思ったりらじばんだり。

 記念メダルについて

 限りなく茶平工業製に近い造りをしていて、大きさも38ミリメダル(デカメダル)と同一である。また少なくても70年〜73年までは国体で茶平製メダルが作られていたことは確認済みなので、年代的に考えるても茶平製メダルである可能性がかなり高いのではないかと思われる。77年以降の国体でも「ザ・茶平メダル」みたいなメダルが作られていたことが判明すれば、ほぼ茶平メダルと断定してもよいのではないかと考える。まあ私の中では茶平工業製とほぼ断定していて、収納も茶平メダル群と一緒にしているのだが。

 デザイン的にはほんとに時代を象徴しているような感じで、昔のスポーツ関連のメダルに描かれがちな雰囲気をこれ以上ないほど醸し出している。というかこれ、新体操だと思うんだけど、明らかに場所はスタジアム(屋外)で一体どうなっているのだろうか。しかも遠近法で描かれているとはいえ観客席はおろか聖火台をも超越するようなジャンプをしており、驚異的な跳躍力であるといえる。このお二人の新体操選手は優勝間違いなしといえるだろう。




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