愛知県【岡崎城】 記念メダル

岡崎城 記念メダル 金
岡崎城 記念メダル 銀
岡崎城 記念メダル 銀 梨地
岡崎城 記念メダル 三河武士のやかた家康館
新旧記念メダル比較
岡崎城 記念メダル販売場所

@天守閣入り口すぐ右
備考:入場しなくても購入できますが、入場しよう! メダル買うとき受付のお姉さんにじっと見つめられるし!

@三河武士のやかた家康館売店
備考:岡崎城の販売機とまったく同じラインナップで強制的にキーホルダーが付いてくる。

出世大名家康くんは生誕の地にはいない

家康様に抱っこしてもらうクマ

 【岡崎城】は家康生誕の地である。これは重要なポイントで、家康は「岡崎で生まれた」のではなく、「【岡崎城】で生まれた」のである。文字通りの生誕の地——それが【岡崎城】なのだ!

 というのも、実は家康繋がりの城では明確なライバルが存在する。

 【浜松城】である。

 浜松には、「出世大名家康くん」という、行政のゴリ押しによってかの「ゆるキャラグランプリ」で見事優勝を果たしたゆるキャラが存在する。

メダルにもなりました

 かたや、これだけ家康を推し、まごうことなき家康生誕の地である岡崎市のゆるキャラといえば——

非公式キャラから事実上の公認への成り上がりっぷりがすごい方。キャラ使用には2014年までは岡崎市役所文化総務課への許可願が必要だったくらいの公認ぶりである。

 オカザえもんは最近すっかり目にすることがなくなってしまったが、記念メダル映えするキャラな気がするので、ぜひ【岡崎城】新メダルの候補として名乗りを上げていただきたい。

 話を戻すと、とにもかくにも【岡崎城】に家康のキャラクターはいない。いるのはリアルな家康様ばかりである。というか、家康でない人も基本おっさんばっかりである。華がないとはこのことよ。

せめてもうちょっと若い時の姿で造ってあげたらよかったのにといらぬ同情をしてしまう家康様
誰かよくわからない武者
おじいちゃん

華がない!

 岡崎は硬派な路線なのである。そんなわけなので、「城」という名の博物館である鉄筋コンクリート製再建城である【岡崎城】の展示もまた、ユーモアなど一切存在しない、硬派な内容なのであった。

天守閣はランドマークであって中身は重要ではない説

 ちなみに城内は基本的に撮影禁止だったので、ほとんどお見せできるものはない。そしてそもそも刀とか鎧とか兜とか掛け軸とかにはほとんど興味がないので、お見せしたいと思う物もまたなかった(個人的問題)。【岡崎城】は近年発掘調査が盛んらしいのだが、出土品とかにもまったく興味ないのよね〜あたい(唐突なオネエ言葉)。

 展示品が硬派過ぎる影響か、展示パネル等もいまいちお堅い雰囲気が垂れ流されていて、活字が好きな方である私でもあんまり没入できず、ほとんど頭に残ってない始末である。ただ後述するが、【三河武士のやかた家康館】はとても面白い施設だったので、あの流れをこちらに引き寄せるようなリニューアルができれば化ける可能性を秘めた施設ではあると思われる。

撮影OKな展望フロアにあった顔はめパネル。顔はめパネルの顔がすでにはまっているというのは初めて見ましたな。
顔をはめたいときはこのパネルを外して出す仕様なのだが、すでに完成されているこのご尊顔の後に出す自分のアホ面ほど惨めなものはあるまい。
たそがれるクマ
岡崎の街並みを望むクマ
暑いクマ

みかはにさける

クマはどこにいるでしょう?

 ところ変わって、同じ「岡崎城公園」内にある【三河武士のやかた家康館】である。はっきりいってこちらの方がメインとなるべき良い施設である。【岡崎城】との共通セット券で510円なので、ぜひどちらも訪れるべし! というか、どちらかしか行かないならこちらだけでよい。城は写真だけ撮れば良い(暴言)。

 こちらも基本的には場内の撮影は禁止だったのであまりお伝えできることはないのだが、展示も趣向もこちらの方が現代的で、内容も濃かった。施設も綺麗だった。展示も興味深かったし、映像作品も面白かった。こちらだけで良かった。城いらなかった(暴言)。

 家康の生誕から江戸幕府開闢までの歴史をなかなか濃く追っていくような展示で、関ヶ原の合戦のジオラマシアターいたってはなかなかの臨場感であった!ジオラマの合戦再現で満足したのは実に初めてのことである(ただし我が子のお遊戯会を見守るような心持ちで見てね!)。

 その中でも個人的に目を引いたのは、『三河物語』という書を記して後世に遺した大久保忠教彦左衛門のコーナーである。本人の言い分としては「門外不出で、子孫に向けて書いたもの」というテイらしいが、ソッコーで写本が出回ったのはご愛敬である。一生懸命書いたものなら、いろんな人に読んでもらいたくなるよね〜(江戸時代の偉人を自分レベルに落とし込む発言)。

 歴史考証の見地からはかなり微妙というかはっきり誤りであると確定している部分もあるらしいのだが、これを「嘘」と取るのか、「間違い」「勘違い」「個人的見解」と取るのかはむしろ読み手の人間性を表すのではあるまいか。私は司馬遼太郎の小説の中で語られる少し独特な歴史観を「司馬史観」と揶揄する研究者たちのことが嫌いなので、こういうことをあーだこーだいう奴は嫌いである。人の揚げ足取って喜ぶような奴らだろう(偏見)。

 私は卒論のテーマが頼山陽の『日本外史』だっただけに歴史編纂についてはちょっと思うところがある。水戸黄門が編纂した『大日本史』のようにチームを組んで一大事業として取り組むならともかく、個人が書き記した書物である限り、どうしたって個人的な見解や邪推は含まれてしまうだろう。というか、それ無くして書いてたってそもそもつまらないし、つまらないことは個人ではやらないわけである。本人的に「嘘を書かないようにする」ことと、事実関係の是非を論じることは別問題なのである。

 『三河物語』は世に出回り、人気を博したということになっている(事実は知らないけれど)。それは単純に読み物として面白かったからであろう。私はこれを結構真理だと思っていて、例えば、私は未だかつて新選組を三省堂の歴史教科書を通して好きになりましたという人は見たことがない。大抵、古くは司馬遼太郎の『燃えよ剣』や、現在だったら『薄桜鬼』?あたりのアニメをきっかけとして好きになるわけである。

どなたであるかはわかりません

 むちゃくちゃ古いものでは司馬遷の『史記』も、『刺客列伝』なんかは、始皇帝暗殺の場面とかは読んでいて単純に面白い。歴史を伝達する上で「面白いかどうか」というのは実は非常に重要なポイントであると思うのである。少なくても、庶民レベルに歴史の教養を広めるという点においては。

 面白さがなければ、歴史は学者たちだけで興ずるものにしかならない。

 まあ、読んだことないんですがね、『三河物語』( ・∇・)

 どちらかといえば、これを書いた大久保忠教彦左衛門自身の物語に興味がある次第でございます。書こうと決意したきっかけとか知りたいものである。現代人が本を書きたいブログを書きたいと思っ書き始めるのとは訳が違う大きなことである。

 余談に余談を重ねて脱線が長くなるようだが、『三河物語』を見て、大学時代に『みかはにさける』という散逸物語の研究を少しだけしたことを思い出した。散逸物語とは簡単に言えば物語中に登場する和歌とかタイトルだけが誰かの日記やら和歌集やらに残っていて、肝心の写本が残っていないので全容はわからない「失われた物語」のことである。

 で。

 昔は「歌合」という文化があって、現代でいうところの「ウチで遊戯王カードでデュエルやろうぜ!」みたいなノリで対決する「和歌の対戦」みたいなものがあった。で、その和歌の対戦にはいわゆる「縛り」のようなものがあり、特定のテーマやお題のみで和歌を出し合いその良し悪しを判定し勝負を決するみたいな流れである。その中に「物語の中に出てきた和歌のみ縛り」という歌合があり、その記録を書籍にまとめた本が遺っている(もしかしたら歌合があったの個人の編纂かもしれないけど)。歌合では「詞書」といってその和歌が物語中で詠まれた場面の背景が説明されることが多く、このちょっとした「あらすじ」と和歌の内容そのものの解釈を繋ぎ合わせていき、散逸物語の復元を試みるのである。なかなかロマンある話ではなかろうか。

 『みかはにさける』は、そうした和歌と詞書が結構残っていて、散逸物語のなかでもストーリーが大体分かっている稀有なものである(あとなんちゃらの日記にも一言感想みたいなのが残っていた気がする)。まあ『みかはにさける』は三河を舞台にした物語ではないんですがね……

 庭に引き入れた水の流れを「御溝(みかわ)」というのだが(いわゆる遣り水のことですな)、そこに「シモツケの花」が咲いていて「三河なのに下野(しもつけ)なんていとをかしね〜」みたいなハイカラな和歌が当時人気を博したそうで。そんな関係で、場所違い、ひいては人違いのことを「みかはにさける」と表現するようになったとのことである。現代で言えば、ブサイクの対義語を「ローランド」というようなものか?(テレビで本人がそう言ってた)。

 内容をミもフタもなくいえば「人違いでやっちゃった」みたいな古文特有のエロエロな話で、これが『みかわにさける』のタイトルの由来となっていると推定される。高校古典までしか知らないとこの古典特有のエロ文化にギャップを覚えるかもしれないが、古典の世界で描かれる恋愛模様は、少女漫画というよりもむしろエロ漫画である。現代と文化の違いはあれど、肉体関係なくして恋愛を語れないのは同じことであり、好きになったらまずおせっせするというのが古典の中の上流階級の恋愛である。ある意味では変わらぬ文化でもあるといえる気がするが(でも私は清純派です)。

 この「失われた物語を残っているヒントをもとに復元する」というのは、国文学というロマンのみで食っているような学問の中でとりわけロマン溢れる学問だったため、異様に印象に残っていて、なんとなく語ってみたくなった次第である。もしかしたら失われた記念メダルのバックボーンを適当に想像する当ブログの下地になった経験かもしれない。

撮影許可マークがあったからなんとなく撮ったけど、特に刀に興味なし
短足
籠屋、肥満な人が来たら絶対舌打ちしてたよね
刀で台を切りたくなる気持ちわかります
昭和製の刀はその実際のところの切れ味はわからないので、名刀かどうか判断つかないよね
顔はめがあったらとりあえずクマをはめてみる今日この頃

記念メダルについて

 記念メダルは【岡崎城】に販売機が置かれている。

 また、同じ岡崎城公園内にある【三河武士のやかた家康館】にもまったく同じラインナップでキーホルダーセットタイプが販売されている。

 で。

 問題は、【三河武士のやかた家康館】のラインナップである。

 オレでなきゃ見逃しちゃうね。

この人、一瞬でやられたのに流行ってますよね(『HUNTER×HUNTER』より)

 注目すべきは銀メダルである。

ツルツルしてない!

【岡崎城】にある販売機の銀メダルはコチラ

 少し古いタイプの記念メダルは、背景がツルツルではなく梨地であることが多い(刻印部分と同じような感じ)。これを見て「んっ?」と思った私、我ながらキモいと思いました。いやー、同じ古いタイプのメダルでも、裏面にツブツブがあるかないかだったら気付いて当然だと思うのだけども(【広島市植物公園】がまさにそう)、これに気が付いちゃうなんてさすがにどうかと思いました

これも欲しかったな〜

 しかし、気付いてしまったからには決して素通りできないのが重症記念メダラーのSA・GA。普段は30過ぎても隣の席の女の子とも話せないような思春期レベルの引っ込み思案な私ですが、勇気を出して売店のスタッフの方にお願いすることに。結果——

 無事、購入させていただきました。

 こういうイレギュラーなことをすると大なり小なり迷惑を掛けてしまうのでいつも気が引ける。しかし、お願いしなければ決して手に入ることはないので、礼儀正しさとダメならすぐに身を引くことを念頭に置いて、お願いした次第である。快く対応していただいた感謝を、私もまた別の形、別の人であっても返さなければならない。

 しかし、ここまで記念メダル収集に執念を燃やすのは、もはや病気ですな〜( ´ ▽ ` )

 そんなわけで、期せずして【岡崎城】の銀メダルが2種類手に入ったのであった。

並べてみるとだいぶ違いますな

 ちなみに、実はさらに古い【岡崎城】銀メダルも所有していたりする。

記念メダルの変遷を辿るようだ
おもて面は同じですな

 思いがけない発見があったのは、やはり素直に嬉しい。この日一日ルンルン気分である(ルンルンという死語)。

 またいつか、このような発見に巡り合いたいものである。気分はもう、恐竜の発掘調査とかと同じようなものですな!(規模感の違い)

(過去記事)家康様推し

 ここ【岡崎城】は私の嫌いな「鉄筋コンクリートで再建された城」なのだが、公園としてはなかなか充実したよい場所である。春には桜が咲き、夜桜はライトアップされ屋台がひしめき、そばを流れる川を船で下りながら花見ができるというなかなか乙な場所である。そして当然、城の近くには「岡崎市役所」がある。城≒役所の法則。

 【名古屋城】の「おもてなし武将隊」が脚光を浴びた頃、ここ【岡崎城】でも正体不明の年齢がなかなかいった謎の武将隊がその辺をぷらぷら歩いていた。しかし、武将も客もお互いに遠巻きで遠慮し合い、両者が交じり合うことはなかった。きっと武将の方も「二番煎じ感」を抱え、悩みながら歩いていたのだろう。中途半端が一番いけないということを体現した武将たちであった。

 岡崎は「家康生誕の地」として、家康を全面に押し出して岡崎名物「赤みそ」とともに猛プッシュしている。岡崎城公園内でもこの2大名物の両方が楽しめるようになっている。ただ私は赤みそが嫌いなので、たとえ両方が楽しめるようになっていても片方は全く楽しめないのであった。特に赤みそを使ったみそ汁である通称「赤だし」は、関東出身者としては「こんなのみそ汁じゃない!」とすら思っている。別に出されればおいしくいただけないこともないのだが、「みそ汁」というカテゴリーで提供されるのが許せないのである。これは私が求めているみそ汁ではない! というかみそ汁ではない! と思うのである。「みそ汁セット」で頼んだ時に赤みそのみそ汁が出てきたときにはキレそうになった。これは「赤だしセット」だ! と。

 同じようなことで、「味噌カツ」も出されればおいしく頂けるが、カツなら断然「ソースカツ」の方が好きである。調味料を選べるなら0.1秒の決断でウスターソースを選ぶ。そこに赤みそが割って入る隙はない。

 しかしもちろん、郷に入れば郷に従え、関東圏からやってきた人間がその土地の食文化に異議を唱えるなど言語道断である。文化が変われば正解も変わる――日本ではスプーンで食べるべきカレーも、インドでは手で食べるわけである。赤みそと白みそどちらがみそ汁のあるべき姿かは、その土地の正解が「正解」なのである。

 だから私はおとなしく、ガストに行って「ごはん・みそ汁セット」を頼むのであった――確実に白みそのみそ汁を食せる方法。

(追記)

 銀色メダルを持っていないことにふと気づき、数年ごしに買いに行った。岡崎城は龍城神社という神社が併設されていて、そこのお守り等が売っている売店に貼られていた張り紙がなんとなくシュールだった。どこがどうとか言えないのだが。

↓別に何もおかしくないのに、なんとなくシュールな張り紙。




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