【販売場所】
@特別展会場入り口(京都会場の場合)
備考:東京会場では会期途中からポムポムプリンメダルが追加発売されて、初期に訪れた記念メダラー達を発狂させた。罪。
虎と馬
【特別展 ポンペイ】は東京、京都、宮城、福岡の4都市を巡回する特別展である。詳しくは下記。
もはや恒例といってもいいほど見事なまでの名古屋飛ばしであったので、私は京都会場に足を運んだのだった。
余談だが、東京会場は珍しいことに(というか初めて?)、毎度おなじみの【国立科学博物館】ではなく、お隣の「東京国立博物館」での記念メダルイベントであったため、その点も話題となった。個人的には2015年に、『鳥獣戯画』が一般公開されたときに一度足を運んだことがある。大盛況だったため4時間以上並んでようやく辿り着いた鳥獣戯画の前では係員が「立ち止まらずに速やかに進んでくださーい。後の人が待ってまーす!」と常に大声を張り上げていた。そのため4時間以上並んだ努力の結果を数秒(数十秒ではない)で済まされてしまうことを余儀なくされ、係員に悪意はまったくなかったのだろうが私にとっては「ディズニーのビッグサンダーマウンテンだって1分以上は楽しめるよ!」と最悪の思い出のひとつとなったので、私の印象はかなり悪い施設となった。これは「4時間以上並んで待っていた客」と、「数百人、数千人の客を捌かなければならない係員」の立場の違いによる悲しいすれ違いなわけである。この体験があるので、現在のコロナ禍における様々な施設で採用されている対応「時間予約制」は非常に良い制度だなと思うに至り、コロナが終息した世になったとしてもぜひ制度の存続を願う次第である。
しがないサラリーマンの一人としては目の前の収益に目が眩んでしまうところはかなり理解できるのだが、たぶん連日あんな感じだったのだから、もう少し対応を考えた方がよかったんじゃないかと思うのよね。たとえば順路設定が「最後に鳥獣戯画にたどり着く」という形にしてあったんだけど、最初に鳥獣戯画を見せてしまった方がたぶんもう少し流動性はマシになっただろうし、極論的には思い切り割り切って「鳥獣戯画だけで良い人」と「その他の展示も見たい人」に鳥獣戯画以降の順路を分けて、チケットの値段も差をつけて——みたいな。もちろん最初からそこまでのことをするわけにはいかないだろうけれど、あれほどの混乱が起こっていても連日に渡ってまるで無策のようだったところとあまり顧客目線に立てていなかったところが「ああ、国立っぽいな。公務員ぽいな……(みなし公務員かもしれないけど)」と偏見に満ちた目で見てしまったのよね。。。つまらない人間の考えであることは重々承知しているが、あれでもう、2度と行きたくないと思っちゃったからなぁ……
閑話休題。
そんな思い出に浸りながら、京都会場である「京都市京セラ美術館」に来てみれば——
行列ができているではあーりませんか⁉︎(古っ)
上記のいきさつがあるため、私は「特別展の行列」に対して尋常ならざる恐怖心を抱いている。このときの気持ちを率直に述べれば
世界の終わり
を目の前にしたときと似たような気持ちになった。目の前にしたことないけど。
これはちょっとヤヴァイんじゃないかと思い、萎えかけた気持ちを奮い立たせるために、一度カフェに避難することにした。そんなことをしたら余計行列が長くなるじゃないかという反論の余地のないツッコミは甘んじて受けざるをえない。しかしこの日は実は猛暑日で、外に人が並んでいるあの光景自体がそもそも人智を超越した光景であった上に、「特別展の行列」はそれくらい私の中でトラウマとなっていたのだった。
カフェにてアイスコーヒーを飲みながら改めて調べてみれば、件の「時間予約制」であることが判明した。ならば「行列があったとしても、その行列はチケットを購入するためだけのものであるはずなので、すぐに進むだろう」ということで、気持ちを落ち着けて意を決してトラウマ溢れる特別展の行列最後尾に接続したのであった。私がもし彼女であったなら、我慢できずに面と向かって言ったことであろう。「お前、めんどくせー」と(実際はおっさんが一人で行ってます)。
大災害が美術館で特別展になる日
なかなか挑発的な見出しを書いてしまったが、そういう暗ーい気持ちになったのは、順路の初っ端に展示されていたこの石膏像を見た瞬間であった。
——そうか、これは大災害で亡くなった人たちの展示なんだ。
という内なるメッセージを主催者から聞いた気がした(気がしただけかもしれないが)。正直、「わーい、久しぶりの特別展だ〜」みたいな結構浮かれた気持ちで入場したので、どしょっぱつにこれが展示されているのを見て、かなりガツーンときた。
未曾有の大災害で街が壊滅したときの展示なのである。そしてこの石膏像は、人が火砕流に巻き込まれたことによって、想像を絶する苦しみの中で死んだときの姿なのだ。
それを炙り出すように「空洞に石膏を流し込んで形にする」という行為もまた何とも名状し難い気持ちになるし、それに対してカメラを向ける自分もまたどうかと思ったり。らじばんだり。
思いのほか重苦しい気持ちになってしまった。が、これ以後の展示は特にそんな深い考察をさせるようなものはあまりなく(もちろん考えようと思えばいくらでも災害に結びつけて考えることはできただろうが)、あくまで「遺跡からの発掘物」といったテイで展示がなされていた。
ただ、繰り返すようだが、この石膏像を展示の初めに持ってきたところに、主催者からの並々ならぬメッセージが込められているような気がしてならなかった。ひとりで勝手にそう思って勝手にずーんと落ち込んでいた確率65%だけど。
ずーんとなっている割に、以後の記述は一人の大人としては歴史的意義の高い発掘品、芸術品に対してそういう見方はどうなの? という考察が連発されます。むしろそれしかありません。覚悟の上でお読み進めください。
時間予約制を採用していたとはいえやはりそれなりに人がいたのでなかなか撮影には苦労したのだが、そういうことを抜きにしたら、適度な混雑具合でしっかりと展示物も見られて、非常に満足度の高い特別展であった。やっぱり遺跡系は出土品が好奇心を湧き上がらせるものばかりだね!
という感じで、最初こそずーんとなっていたものの結果的には非常に楽しかった。人間とは実に身勝手な生き物であることよ。
特に学びが多いという点でも、自分が頭良くなった気分になってお得感あり。「ポンペイ」というものを知っている人間と知らない人間とに分けたら、知っている側になれる——それが特別展の魅力だ!
記念メダルについて
まず記録として残しておくべきことは、たまーに起こる——しかし無視できるほど少ない頻度ではない——”会期途中でメダルが新発売される”という茶平あるあるが起こったことである。なぜこんな悲劇が起こるのか、なぜ人類は同じ過ちを繰り返してしまうのか——それは誰にもわからないのであった。茶平工業の社長さんも「なぜなんでしょうね〜?」と言っていたので、マジでわからないのであった(茶平は発注されたものを発注されたとおりに納品するだけなので詳しい事情はわからないそう。本当に何もわからないのかは不明だが。大人の世界ですからね……)。
ちなみに追加発売されたのはポムポムプリンメダルである。
これがとても良いデザイン&裏面がオリジナル金型でという凝りようであったおかげで、売り切れを恐れて早めに足を運んだ記念メダラー達は逆に発狂した。メダラーとしての意欲をアダで返すような仕打ちに、罪が深すぎてマリアナ海溝である。
メダルのデザインとしてはどれも非常に凝っていて、Twitter上の非コレクターのみなさんの反応もかなり良い。特に「猛犬注意モザイク画メダル」はお土産や自分のためのグッズとしてもなかなか売れていた様子である。
ただそれは、よく考えてみるとポンペイでこのモザイク画を描いたポンペイ人(?)のセンスが良かっただけであって、メダルのデザインそのものの実力かどうかは誰にもわからないのであった。。。
一方で、マンホールメダル等と同様、ただののっぺりしたプリントメダルではなく、凹凸のモザイク感がかなり再現されていて非常に凝った造りであることは間違いないので、メダル担当者の方の功績は間違いなくあることは記しておこう(なぜか上から目線)。
また、Twitter観測上で最初に売り切れたのは、意外や意外、ポンペイの街並みを描いた金型メダルの方であった。マジで予測がつかん! 一体なんなんだ!
だがそれが記念メダル也——
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