イベント【古代エジプト展】 記念メダル

古代エジプト展 記念メダル

@出入口前のミュージアムショップ
備考:入場チケットを持っていないと購入を拒否される物があるなど、1/3の純情な感情に揺れ動く運営側の気持ちが見て取れる。

エジプトに魅せられて

唯一撮影可能であった【古代エジプト展】に関するもの(ちゃんと許可とりましたYO!)

超どうでもよい前置き

 この【古代エジプト展】を訪れた当時、私は2020年のノンフィクション本ベストセラー『女帝 小池百合子』を絶賛読書中であった。

これ、めっちゃ面白い!

 と思わず太字大文字にしてしまうほど面白いのである。久しぶりに夢中になって読書ができましたな~(*´ω`*)シアワセ

 政治的なことを言うとアレなので(どれ?)、その辺のことに言及するのは極力避けておく。が、一言だけいえば、先の都知事選の選挙結果から考えると、本書がこれだけベストセラーとなって騒がれても東京都民の大半は本書を読んでいなかったということが浮き彫りになったというか、なんというか(奥歯に物が詰まった物言い)。まあ内容の真偽はともかくね~。

 個人的には、内容そのものもさることながら、筆者のその筆力が凄まじいというのが本書の最も大きな魅力であると考えている。とにかく一冊の本としてとても面白いのである。

 例えるならば、「司馬遼太郎の伝記小説」と似たような魅力に溢れている。一人の歴史上の人物を、膨大な情報量とその圧倒的な筆力で描くのが司馬遼太郎小説の特徴であり魅力であるわけだが、一人の「東京都知事という歴史に名を残すであろう人物」の一代記を、司馬遼太郎に負けず劣らずの圧倒的な筆力で描き出しているのである。

 つまり、純粋に読み物としても面白いのである。それは小池百合子という人物そのものの魅力というよりも、筆者の実力がなせる技である。

 そんなわけで本書は読み応えのある本に最近飢えているな~という人にとにかくおすすめの一冊となっている。これほどの作品が1500円程度で入手できるなんて信じられない。久しぶりに「いや~読書って本当にいいものですね!」と水野晴夫ばりに画面に訴えかけてしまった(なんの?)。

 くどいようだが「内容の真偽」はともかくね!(と連呼しておくことによる予防線)。

 で。

 【古代エジプト展】と『女帝 小池百合子』に何の関係があるのかというと、小池百合子は「エジプトのカイロ大学を首席で卒業した」と自分で述べているというところに繋がってくるのである(無理やり感ある繋がり)。先の都知事選でもこの学歴詐称疑惑は何度目かの再燃をしたが、決着としてはエジプト大使館が「小池百合子はカイロ大学を卒業している」と公式に発表したことによって、なんとなくテレビを中心としたマスメディアの中では決着がついたような雰囲気が醸し出されいる(奥歯に物が詰まった言い方)。

 本書では、この学歴詐称疑惑にはかなりの割合を割いて検討している。もちろん本書の結論としては「カイロ大学を首席で卒業などありえない」というものである。

 その理由を様々な物的証拠と過去の小池百合子を知る人物の証言から立証しようとしているわけである。その中でも本書の中心であり出発点となった「同居人」であった女性が証言し、筆者に示した様々な細かい証拠の数々は本書の内容に譲るとして――

 「そもそも論」のみをここでは語る。つまり、「日本人がカイロ大学を4年間かつ首席で卒業することはそもそも可能なのか」という点のみについてである。

 まずエジプトの公用語はアラビア語であり、そもそも論としてアラビア語は非常に難しい言語であるということが挙げられている。日常会話程度ですら習得が難しいとされるレベルのアラビア語は、さらに、実は日常会話等で広く使用されている口語と、公式な場で使用されるという文語に分けられ、これらはまったく違う言語といっても過言ではないくらい異なるものであるらしい。本書内では、「日本人留学生の中では圧倒的な日常会話スキルを誇っていた男性」(実は小池百合子の元夫)でも、文語が使用される大学の講義にはほとんどついていけなかったというエピソードが語られている。このことからしてもそもそも「エジプト最高学力を誇る大学であるカイロ大学を留年せずに4年で卒業すること自体が日本人には難しい。『首席で卒業』なんて議論する必要すらない」という現実があり、首席云々はノリと勢いで冗談で言っちゃった的な感じで一万歩譲って脇に置いておくとしても、「4年で卒業した」という事実一点のみにおいても、詐称している可能性が限りなく高いということが述べられている。本当に卒業したのか――できたのか、という点が学歴詐称疑惑で言及されている点であり、小池百合子自らがメディアに示した卒業証書も超怪しい(というかアカンやろとほぼ言っている)と本書内で検討されているのは、こうした事情があるからである。本当に4年で卒業したならば、それだけで日本人にとっては偉業と呼ぶにふさわしいことなのである。

 ただ、繰り返しになるが、カイロ大学を卒業したことはエジプト大使館を通して正式にエジプトが認めるところとなった。普通に考えれば、これで事態は沈静化するはずである。エジプト大使館が公式の記者会見でそういっているのだから、間違いないだろう、と。

 しかしよく考えてみると、そもそも「大使館が、本国の一つの大学に過ぎないカイロ大学の、個人の卒業に関して声明を発表した」という事象が非常に不自然なことに思えてくる。くどいようだが、カイロ大学ではなく「大使館」が卒業したかどうかの声明を発表したという点には、普通の感覚ではかなり違和感があるのである。極端に言えば、「大使館」=「国」である。一大学の卒業の有無を、国が認める認めないなどと回答することがあるのだろうか。

 たとえば、ハーバード大学を卒業したかどうかの疑惑に対して、ハーバード大学が回答することはあっても、アメリカ大使館が代わりに発表することなどほぼありえないわけである。大使館が回答するということは、その国の政府が回答していることとほぼ同義なのだから。くどいようだが、どこぞの国の外国人が、東大を卒業したかどうかについて疑惑があるときに、日本大使館がその疑惑について回答するなんてことが起こり得るだろうか?

 これは紐解けば、エジプトが軍事国家であり、国立大学であるカイロ大学も当然軍部が掌握するところにある――というところに繋がっていくことになる(実際大学内に軍が駐留しているそうな)。つまり「軍部」=「国」=「カイロ大学」みたいな等式が成り立つのである。

 もし仮に、この学歴詐称疑惑が疑惑の通りだったとして、それにも関わらず「エジプト大使館」が「卒業してますよ~」という声明を公式に出したのなら、「東京のトップ」≒「日本の首都・東京」はエジプトの軍事政権に大きな弱みを握られているということになりますね~

というようなことが、本書には書かれております。また、追従するように追加情報を含めてこういった報道がwebメディアを中心になされております。

(※エジプト大使館の声明は『女帝 小池百合子』出版後の出来事です)

 しかしながら、真実はいつだって自分で考え、見極めなければなりません。司馬遼太郎の歴史小説が「司馬史観」と呼ばれて揶揄されるように、書き手や、報道する者の立場や思想によって、描かれ方は変わってきます。得た情報を鵜呑みにするのではなく、その情報をどう判断するのかは自分で決断しなければなりません。

 こんなブログなど読んでいないで、自分の足でメダルを手に入れ、そこにあるものを感じなければ本当のことは何もわからないのです(何この結論?)。

そんなわけでエジプト展

 何が言いたかったかというと、現在私の中でエジプトが大ブームなわけである。そんなさなかの【古代エジプト展】であるので、テンションはもちろんあげあげであった。元々エジプト文明には誰をも魅了する魅力があるので、そもそもイベントとしての期待値も高かった。

 しかし時勢はコロナの影響下にあるので、土日祝は事前予約制が採られていた。私はネット発行チケットで予約したのだが、このためだけにいらないアプリをダウンロードしたり登録情報を入力しなければいけなかったりと正直めんどくさいな~と思った。が、結果的にはむしろこれは感染症対策云々に関わらずとてもよい方式なのではないかとすら思うに至った。なぜかといえば、混んでいたからである。そう、「愛知県美術館」は、コロナ対策と実施しているため~と謳いながらも、どうしても欲張ってしまったのか、正直とても混んでいた。朝一番の入場時間を予約して開場時間前には訪れていたので、理屈の上では最も感染対策がなされた時間帯の一つであったはずなのに、会場は激混みであった(入場時間を予約するものであって、退場はいつになってもよいという方式。つまり一度入場したらいつまででも居て良いので、理屈の上では後の時間帯になるほど人は増えていくことになる)。ちょっと欲張っちゃったかな、「愛知県美術館」。

開場を待つ行列。1mなり2mなり間隔あけて並ぼうが、実質「密」であることは決して否定できないであろう(事実上そんな間隔もなかったけど)。もちろん嫌なら並ばなければよいので、並んだ人はどうなろうと少なくても「愛知県美術館」に文句を言ってはいけない。
密を避けるか否かはやっぱり自己責任の部分もあると個人的には考えております。対策をする施設側にばかり責任を求めるのはフェアじゃない気がいたします。「じゃあイベント開催しない方がいいの?」みたいな話になっちゃいますからね……文句があるなら行かなきゃ良いが極論だし。

 と思いながらも、「実質入場制限できてなくね?」 というくらい混雑していたので、その辺のバランスは実に難しい。開催するからには収益を上げなければならないのは、運営側の死活問題である。

 ただ別の見方をすれば、時間帯別に入場制限をしていなければ、これよりも混んでいたということになるので、感染症対策云々以前に、それはとても地獄だったのではないかと思われる。ゾッとしますな、正直。やはり時代はエジプトブームである。

 それにもともと「愛知県美術館」はそれほど大きな美術館ではなく、キャパも低めである。これでもし無制限に人が入っていたら、普通に圧死していたかもしれない(大げさ)。たとえコロナが落ち着いたとしても、人気特別展開催中の土日祝はこの方式で入場制限を設けてほしいものである。

 そんなわけで、開場時刻前に到着するも、入場までには、行列の分、それなりの時間がかかった。

入場待ちのときに見えるグッズ売り場と、そこに鎮座する青いあんちくしょう。できることならこの待ち時間にあそこに先に行き、手に入れ、そして心おきなく展示を楽しみたい。メダルが購入できるまでソワソワしてしまうという記念メダラーの習性はいかんともしがたいものなのである。

 ということで開場から15分ほど待って入場。

 が――

 中はもちろん撮影禁止なので、写真によってお伝えできることはほとんどありません(*´Д`)

 まあ何度も言うようだが「詳しくは実際に足を運んで~」である。

 感想としては、先に行われた【ミイラ展】と印象が被るが、実質的にはそんなに重複する内容はなかった気がする(ミイラの作り方とかはもちろん被りますが~)。ただ、3年後にはどっちがどっちだったかわからなくなっているか、どっちも忘れてしまっているかのいずれかになる可能性大である(年齢的問題あり)。

 【ミイラ展】になく【古代エジプト展】にあった特徴としては、「棺」が数多く――それこそ大量に展示されていたことである(代わりに「ミイラ」はほとんどない)。私はこの点において【ミイラ展】よりも【古代エジプト展】の方が評価が高い。ミイラには思うところがありあんまり見たくないんだけれども、それを納める「棺」には、時代によっていろいろと傾向が違ってとても見ごたえがあった。棺の大きさや顔の違いもさることながら、描かれるヒエログリフの多さや大きさ、内容がことなるのは、記念メダルの違いに一喜一憂することと通ずる面白さがあった(突然スケールが小さくなりすぎた話)。

 というか、ヒエログリフさいこーである。この博覧会に来た人は、おそらくほぼ100%に近い割合でヒエログリフに好感をもっているはずである。わざわざエジプト展に来るくらいなのだから。

 そこで、「ヒエログリフを打てる刻印機」なるものを特注で製造すれば、今後のエジプト系のイベントで大繁盛間違いなしだと考える。刻印に魅力が溢れれば、当然それを刻む母体となる記念メダルの売り上げも上がるわけなので、収入的には相乗効果があるはずである。なんなら刻印料を200円くらいにしてもよい。ヒエログリフで名前(あるいはそれに類するもの)を刻印したいと思った者は、「30円ならやるけど、200円じゃな~」とか言い出す者は少ないのではなかろうか。その辺の発想力と需要予想で文字を打刻するパーツを特注してなんとかペイできないものだろうか。

 なんてことを考える私は、いつだって記念メダルのことばかりを考えているのであったー(*´ω`*)

 その他、出土品等に関しては、正直私のようなしょぼい人間にはそれが「アンデス文明」のものなのか「エジプト文明」のものなのか「チグリス・ユーフラテス文明」のものなのか判然としないことが多く、そのほとんどが印象に残らないというか記憶に留めることができなかった(残念な脳みそ)。たとえば、ピラミッドへの埋葬の際には、やはり埋葬あるあるで土偶や埴輪のような「死んだ後の家来」みたいな人形を埋葬していたらしいのだが、その人形の名前がカタカナだったゆえに覚えられないという現象に見舞われた。私は大学受験においてこの「カタカナ覚えられない病」ゆえに世界史ではなく日本史選択にしたくらいなので、エジプト文明の出土品の数々に名付けられたいろいろな名前を一つ残らず覚えていないナウである。唯一覚えている展示名は

土器

である。しかもその土器が、私が中学時代に「美術」の時間に製作したコップにそっくりで、そのコップを製作したときの成績が5段階中「2」であったことを思い出したから記憶に残っている――という感じである。ちなみに私の中学時代の「美術」の成績は中学3年生の3学期についに人生初の「1」を獲得するに至るという華麗なるフィニッシュを迎えることになるのだが、それはまた別の話である。

 話は変わるが、実は今回、生まれて初めて「音声ガイド」の貸し出しを受けてみた。実は以前から気になっていたのだが、個人的にはたぶん性に合わないだろうという予測があったため躊躇していたのだが、今回はなんとなくその場の勢いで数百円のレンタル料を払う己がいた。これもエジプトの奇跡である(安すぎる奇跡)。

 使用した結果としては、やはり性に合わないというところが多少ありつつ、おもしろいと感じた部分もありつつといった感想である。何が性に合わないかというと、次に行きたいのにまだ説明が続いているということが度々あった点である。たとえるなら、私は国語の時間でクラスメイトが指名されて教科書を音読させられているとき(させられる、である)、その音読スピードを待ってられずさっさと先を読んでしまうタイプの人間であったので、基本的には展示の解説に書いてあることと同じようなことを説明している音声ガイドを待ってられないのである。ただ、音声ガイドならではの説明やサービスももちろんあったので(クイズとか古代エジプト語の音声とか)、レンタルしたことを後悔しているかといえば、数百円という値段を考えれば全然そんなこともないという、とても中途半端な結論に至る。一つの答えとしては、「一緒に行った女の子におねだりされれば躊躇なく借りる」といった感じである(どことなく残念な答え)。

 まあせっかく訪れて、多くの場合、基本的には二度とは見に来ないものであろうと思うので、存分に楽しむという意味では全然アリだと思います――というなんか忖度でもあるのかというアンニュイな結論。

特に関係のない、オアシス21で食べたお昼のラーメン「豚神」。なんと100円で替え玉おかわり自由なのだ! が2回で撃沈し、結果的にお得にはならなかったというね(替え玉1回50円)。

記念メダルについて

棺もこんな感じで並んでおりますYO!

 最近発売される記念メダルは、本当にデザインが素晴らしいものが多い。一昔前の「デフォルメされたシュールな動物が一匹だけポツン」みたいな図柄はほとんど無くなっているのではないだろうか。

 この【古代エジプト展】のメダルも、見ようによっては「シュールなデフォルメ」がされているものの、それだけではないところが今風のメダルであるといえる。

ブサカワイイ

 エジプト文明を象徴する「棺」だけで終わるのではなく、その周囲を彩るヒエログリフやポップな「EGYPT」の文字が、デザイン性の高さを物語っている。表現されてしまえば単純に見えて特別目を引くことはないかもしれないが、これがあるとないとではメダル全体のオシャレさに雲泥の差が出ることだろう。そして、この「中心となるモノの周囲を彩るデザイン」を考えるところにセンスの差が出ると考えている。そしてそれが、私にはなかった(;_:)

 また色使いもかなり独特である。恐らく今までのメダルでこのような印象を受けるカラーメダルは他にないだろう。最も着色に手間が掛かるメダルは【リカちゃんキャッスル】メダルであるというのは茶平工業社長談であるが、それとはまた違った魅力が溢れている。着色がプリンターなのか注射器なのかは不明であるが、手間を考えれば恐らくプリンターであると思われる。

 裏面は、私は迷わずニョロニョロだと思ったのだが、なんでも「メジェド」さんというらしい。メジェドさんは目からビームを撃つらしい。いや、マジで。

何気にエロ目なメジェドさん

 『死者の書』の一部にこれが描かれているのを最初に発見した人は、「この本、ニセもんじゃね?」と疑わなかっただろうか? どう見てもゆるキャラである。

 しかしながらこのメジェドさん、こんなナリをしていながら、「打ち倒すもの」という意味の名らしく、心臓を食らい、目からビームを放って相手を射抜くらしい。ただ「この目からビーム」に関しては諸説あり、正確には「目によって撃つ」という『死者の書』内の解説から、ピッコロばりの目から怪光線を放つという設定に行きついたらしい。しかし、「目によって撃つ」という言葉からは様々な解釈が可能であり、たとえば私の卒論対象(非:川谷絵音の言う「卒論」)である「頼山陽」は弟子たちに起承転結の説明をするにあたり、以下の例文を作ったと言われている。

大阪本町糸屋の娘

姉は十六妹は十四

諸国(諸)大名は弓矢で殺す

糸屋の娘は眼で殺す

頼山陽 作かは怪しいところですが~

 つまり、「目によって撃つ」は糸谷の娘が目で殺す的な意味である可能性もあるというわけである。メジェドさんのあまりの可愛さによって、その目に見つめられるとメロンパンナちゃんのメロメロパンチを食らった並みに「撃たれて」しまうのかもしれない――そんな解釈も可能なわけである。

 裏面は一転してこのメジェドさんだけのシンプルな図柄であるのだが、それがまた「センスあるな!」と感じる次第である。たとえば普通だったら、メジェドさんのお腹のあたりとかに「古代エジプト展」とかいった何らかの文字を入れたくなってしまうところだと思うのだが、それをせず、壁画風の雰囲気を醸し出すことに専念したところが素晴らしい。そして何よりも、ここにメジェドさんをチョイスしたこと自体に非凡なセンスがあると認めざるを得ない。これほどまでにスーパーシュールな裏面は、他にない。裏面は何かと、文字を入れたくなるものなのである。

 また一つ、メダルデザインの奥深さを学んだ次第である。【印傳の山本】メダルもそうであるが、今までにないデザインが次々と誕生していることに時代の変化を感じる今日この頃である。

 もう一回だけ、メダルデザインに挑戦してみて~

メジェドさんが刻印を刻むあなたを見つめてきます。つまり、目によって撃ってきます。




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