大阪府【大阪城】 記念メダル

  【大阪城】といえば、路上ライブのメッカである。

 私の知り合いが、高校卒業と同時に、「公立の大学を受験したけど、たとえ受かっていても入学はしない。大阪に行って大阪城で路上ライブをして、ミュージシャンになる」と言って、無事大学にも落ち、大阪城を目指して旅立った。2年後、私が偶然訪れたスーパーの中にあるたこ焼き屋で、彼は店長としてたこ焼きを焼いていた。奥さんと子供を作って帰ってきていた。

 彼は自分の夢を叶えられなかったが、しかしそれは、彼が落ちた大学に入学できた私もまた同じである。そして、とてもスピード感のある人生を送っているのは、間違いなく彼の方だろう。

 私は大学に行った人生に微塵も後悔はなく、むしろ行って良かったと思っている。しかし彼もまた、大学に行かなかった人生に後悔はないだろうし、むしろ行かなかったからこそ奥さんと子供に出会うことができたと思っていることだろう。

 どのような人生であっても、遜色というのはわからないものである。少なくても、彼も私も、「夢が叶えられなかった。人生における大きな妥協で今の職に就いている」という点では同じである。大学に行こうが行くまいが、その点では全くの遜色がない。それどころか、人生の充実度は、見方によっては彼の方が圧倒的に勝っているだろう。それでも私は別に彼のようになりたいとは思わないし、むしろならなくて良かったと思っている。大学に受かって良かったと思っている。しかし、彼もまた現在の私を見れば、30過ぎて記念メダルなんぞを買い集めて、誰が見るかもわからないようなブログを細々と書く人生をせせら笑うことだろう。そんなことしている暇があったら子育ての一つもしてみろ、と。

 そもそも人間とは、基本的には、現時点の人生を肯定するようにできている。現時点の人生を肯定するには、どんなに辛かった過去も「あの経験があったからこそ、今がある」という点に帰結する必要がある。過去の肯定なくして、現在の肯定はないのである。

 だから、今が幸せであるならば、自分の歩んできた人生は、全てが正解ということになる。「夢が叶わなかったからこそ、今の職に就くことができた。今ある出会いができた」という見方になるわけである。

 ただ、私は別に今が幸せだとは思わないけどね! 台無し発言だ!

 さて、なぜこのような話をしたかというと、大阪城の記憶が全く無いからに他ならない。何があったかなー。まあ、名古屋城みたいに、鉄筋コンクリート製で城自体はつまらん城だったことは間違いない。名古屋城など観光名所となっている鉄筋コンクリート製の城は、周辺の公園も含めて「城」なのである。そして、そうした城の周りには、大抵走っているランナーがいる。でも、それすら覚えてない! どうだったかな!

↓鉄筋コンクリートで復元する大規模天守閣は、でーはーにしがち。




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