邪道【国際児童年協賛宇宙科学博覧会 宇宙博 SPACE EXPO’79】 記念メダル

 【国際児童年協賛宇宙科学博覧会】は、1979年に臨海副都心(いわゆる現在のお台場)にある「船の科学館」で開催された博覧会である。通称【宇宙博】と呼ばれているこの博覧会は、実は1期と2期に分かれており、「国際児童年事業」から協賛を受けたのは2期にあたる。そのため、もしかしたら1期では別の記念メダルが販売されていたかもしれない(未確認)。

 70年代の博覧会は情報が少ないのが常なのだが、【宇宙博】に関してはそこそこな量の情報がネットにあった。それはつまり、この博覧会の成功規模を物語っているともいえる。1期で550万人、2期で570万人の入場者があったそうなので、「船の科学館」の建物規模を考えればどう考えても大成功だろう。2期は「閉幕後も根強く残った社会からの要望」によって再開を決断したそうだが、主催者側の「ウハウハが止まらない」という思いも決してゼロではないだろう。私だって、まだまだ行けそうならもうちょっとやりたくなる。しかも鉄は熱いうちに打てである。【宇宙博】1期閉幕の二ヶ月後に、2期は再開されている。はや!

 この頃の宇宙開発はアメリカとソ連がシノギを削っていた時代である。世界情勢的にもいわゆる「冷戦」と呼ばれる時代で、宇宙開発はそのまま軍事開発にも繋がるものなので、とても活発であった(国の威信をかけていたという面もあるだろうけど)。この頃は、今ではいろいろいわくが付いているかの有名な「アポロ計画」も終了して数年が経っており、スペースシャトルの運用が始まろうとしていた時期である。人類の月面着陸が捏造だったのかどうかはもちろん私にはわからないが、月の光のように美しかった最愛のあの人への想いは本物だった(唐突に陳腐な台詞)。

 スペースシャトルは、今思えば夢のような乗り物であったことよ。今から大人になる世代は、「昔は宇宙ロケットを再利用していた」と聞いたらびっくりするような世代となるわけである。スペースシャトルは、「再利用」といっても実際には再利用できない部分があったり、再利用するがために使い捨てより莫大なコストがかかったりして金食い虫のような存在であったわけだが、作った限りは引き下がれないのが大人の社会というものである。このようなことを「コンコルド効果」と呼ぶ。女も男も、貢げば貢ぐほど別れられなくなっていくのと同じである。違うか。

 そんな宇宙開発が盛んな時期であっただけに、この博覧会に対する期待はかなり大きなものだったのであろう。宇宙には、男の夢と同じくらい広大なロマンがある。男の夢も、宇宙も、どちらもバカみたいに金がかかる。ただ確実に違う点は、男の夢には実りがないが、宇宙開発は将来に繋がるという点である。男の夢なんて将来に繋がらないのよ。9割方は社畜としてサラリーマン生活なのよ。人から仕事と金を与えられてレールに乗って生きるロマンなき生活なのよ(何かあったのか?)。

 「月に行きたい」という人類の夢は人類全てが応援していたというのに、「全ての記念メダルを収集して図鑑を完成させたい」というポケモンマスターにも通ずる私の飽くなき夢は誰一人として応援してくれない。

 これが宇宙と男のロマンとの違いである。

 それでも私は今日も記念メダル図鑑の一ページを書き綴るのである。ここまで集め、また書いたならばもう後戻りはできない。これもまた「コンコルド効果」か!?

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