邪道【沖縄国際海洋博覧会 海洋博 EXPO’75】 記念メダル

↓26ミリメダル(ミニメダル)

↓38ミリメダル(デカメダル)

沖縄国際海洋博覧会EXPO'75記念メダル三菱館
沖縄国際海洋博覧会EXPO'75記念メダル三菱館三菱館金

↓参考。大きさは31ミリメダルと同じだが、厚さが茶平製の半分くらいしかないので、似て非なるものと思われる。デザインは両面ともほぼ同一の物が茶平製で存在するので、その辺の事情が記念メダル研究者としては気になるところ。

 【沖縄国際海洋博覧会】は、1975年に会期183日間という長期間に渡り開催された大規模国際博覧会である。36カ国と3つの国際機関が参加し、沖縄返還記念事業として計画されたもので、450万人の動員を見込んだ大規模な博覧会であった。が、結果的には350万人程度の動員にとどまり、「起爆剤ではなく自爆剤」などとうまいことを言われてしまう始末であったとか。会期終盤には会場内ではグッズ類が投げ売りされていたらしい。そのおかげかそのせいか、ネット上では70年代の記念メダルの割には【大阪万博】に次いでよく見かけし、状態もよい物が多い。また、種類も多彩で、現在では通常の31ミリメダルはもちろん、同じデザインで38ミリメダルがあったり、珍しい26ミリメダルがあったりと、多種多様なメダルがある。また、大規模博覧会恒例の「額縁メダル」も存在し、茶平工業HPにも写真が載っている(HP掲載物は未所有)。さらには、この「額縁メダル」以外にも、この【沖縄国際海洋博覧会】と銘打たれた「額縁メダル」が存在し、果たしてこれが「茶平製か否か」が不明という点がコレクター泣かせである。

↓「額縁メダル」その1。最も有名な通常サイズである31ミリメダルタイプ。茶平HPにも写真がアップされているため、確実に茶平製であることがわかる。

↓「額縁メダル」その2。メダルの大きさ自体は38ミリメダルと全く同一である。ただし、裏面は刻印スペースはなく、表面と同じ造りで違う絵柄である。この額縁メダルは茶平製であることが判明していて、茶平工業の応接間にも飾られている。

↓「額縁メダル」その3。真ん中上の記念メダルは純銀製で、実物だと一枚だけ文字通り異彩を放っている。「AT THE INTERNATIONAL OCEAN EXPOTION OKINAWA JAPAN」と書かれており、【沖縄国際海洋博覧会】で販売されたものだと分かる。こちらも上記のもの同様、裏面に刻印スペースがない。が、【アメリカ建国200年祭】の記念メダルと金型が同一の物があったり、刻印スペースはないものの裏面のデザイン自体は全く同じだったりする。大きさは38ミリメダルと同一。

↓参考

↑真ん中下のメダルと同じ。裏面はこのメダルの刻印スペースを無くしてそのまま大きくした感じ。

 「額縁メダル」に関しては、そのうち別で記事を起こしていく予定なので、この辺までで。

 さて、前述のとおりこの博覧会は国際的行事だったため、今上天皇・皇后が皇太子時代に開会式に出席した。その際、献花のためにひめゆりの塔を訪問したとき、過激派ゲリラから火炎瓶を投げつけられるという事件が起こった。俗にいう「ひめゆりの塔事件」である。このテロ事件は実は二つのテロ行為が連続して起こったもので、当時の警備体制の不備が問題となった。詳細はGoogle先生にお聞きすれば腐るほど教えてもらえるので省いてしまうが、一番の驚きは、実行犯の一人が2010年の名護市議会議員選挙で社民党の推薦を受けて立候補し、当選していることである。私の個人的な意見・感想を述べる
のは控えるが、テロ事件とその後の顛末を含めて「沖縄の歴史の複雑さ」というものを強く感じる次第である。

 そんな【沖縄国際海洋博覧会】だが、前述のとおり規模の割には失敗に終わったものの、跡地は博覧会後のお決まりである記念公園として整備され、現在でも多くの観光客が訪れている。というのも、その「国営沖縄海洋博覧会記念公園」の中心には【沖縄美ら海水族館】があるのである。【美ら海水族館】は記念メダル販売場所なので、記念メダルの血脈は受け継がれているといえる。

 沖縄の歴史に深く関わる国際博覧会。機会があれば、そのうちそのドキュメンタリー映画を鑑賞し、映画ブログにてレビューをアップしたいと思う。




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