邪道【豊のくに中津大博覧会 豊のくにテクノピア’86】 記念メダル

豊のくにテクノピア記念メダル福沢諭吉
豊のくにテクノピア記念メダルロゴ
豊のくにテクノピア記念メダルケース表

福沢諭吉にあやかれなかった開催地・中津市 〜あなたが万札になったから……〜 

 【豊のくにテクノピア’86】は、昭和61年に大分県中津市で開催された地方博である。中津市はかの「福沢諭吉」生誕の地ということで、それにあやかった博覧会であったようである。というか、「福沢諭吉」以外に特に目玉となる地場産業も観光地もない人口6万人程度の小都市であった。そうした中、昭和56年に1万円札の肖像に福沢諭吉が採用されることが決定し、福沢諭吉ブームとなった。そこに目をつけた中津市が、当時の地方博ブームも相まって急遽諭吉にちなんだ地方博開催を決めたというのが流れらしい。

 地方博ブームと諭吉ブーム、二つのブームに便乗した博覧会であったわけだが、便乗するにはどう考えても遅きに失している。福沢諭吉が1万円札の顔となったのは昭和56年であるのに、博覧会開催は61年、開催へ向けて動き出したのも前年の60年であったそうなので、誰が見ても「遅っ!」となる。4、5年も経てば、新札もだいぶ世の中に馴染んだ後である。まあ恐らくは「生誕150年記念に合わせて」という言い訳があったと予想するが、150年てなんとなく中途半端だよね〜。

 諭吉ブームも、私の予想では慶應義塾大学に大方もってかれていたのではないかと思う。福沢諭吉と聞いて真っ先に思い浮かぶのは慶応ボーイである(いや、ガールでも良いんだけどさ)。少なくても「中津市!」と思い浮かべる人は中津市民を除いてほとんどいないのではないだろうか。話がそれるようだが、愛知県の岡崎市は徳川家康の生誕の地であるので何かと家康を推しているのだが(記念メダラー的な話では【三河武士の館家康館】とか)、静岡県浜松市の公認ゆるキャラは「出世大名家康くん」で、家康かぶりをしている。


 が、私は思うのである。「家康といったら江戸幕府だろ」と。それか、せめて関ヶ原だろ、と(石田三成もいるので多少無理があるが)。

 私は神奈川県で生まれ育ったので、徳川家康のことを習った中学・高校の歴史の授業では、岡崎市のことも浜松市のことも一切出てこなかった。1ミリも出てこなかった。現在の皇居が江戸幕府のあったところだということくらいである、土地に関する話が出たのは。正直「関ヶ原」が岐阜県だということもまったく知らなかった。知らなくても大学受験は乗り切れたので、受験的にもそんなに必要な事柄ではなかったことになる(いや、大学によるかもしれないけど)。

 何が言いたいかというと、「生誕の地」は地元以外は別に盛り上がらないのではないか、ということである。それよりも一般的には「偉業を成し遂げた地」であることの方が重要で、それが家康であれば江戸幕府で、福沢諭吉であれば慶應義塾大学なわけである。だから盛り上がらなかったのは道理だったのではないかと、後世の人間である私が結果だけを見てケチをつけているわけである。入場者数の目標が80万人だったにも関わらず、結果は40万人で、赤字額は1億6000万円だったという。この目標数は「目標に向かってがんばろー」という生易しいものでは当然なくて、利益を出すことが可能となる具体的な数字だったはずである。こんなにもわかりやすい大失敗も珍しい。ただ、目標数の半分しか到達しなかったにも関わらず、赤字が1億6000万円程度で済んでいることを考えると、そもそもそんなに大規模な催しではなかったともいえる。中途半端な規模で開催して、中途半端な失敗で終わった、地方博ブームの末期へと向かう典型的な例だったのかもしれない。

 福沢諭吉にあやかろうとして大量の1万円札を失う結果となったわけだな!(ドヤ顔で)。

記念メダルについて

 なかなか味のある福沢諭吉の肖像が目を引く。1万円札の肖像と比べると、記念メダルの諭吉さんの方がだいぶ若く見える。

福沢諭吉肖像
あれ、もしかして……ヘタ?

 有名人の肖像画は、記念メダルの図柄としては割と珍しい素材である。なぜなら、どうしてもかっこよくもかわいくも描けないからである——と思われるのだが、どうなのか。

星野仙一記念メダル
闘将【星野仙一】メダル。なんとも言えない哀愁が漂う
長嶋茂雄記念メダル
どちらかというとプリティ長島の方に寄ってしまっているような…
坂本真綾記念メダル
本人を存じ上げないので似ているかどうかわからない【坂本真綾】さんの記念メダル。
親鸞記念メダル
唯一覇気のある目をした肖像メダル【親鸞】。本当にこんな顔だったかどうかはお釈迦様のみが知る。

 記念メダルはアニメ的キャラクターを描く分には相性が良いが、実在の人物の肖像を描くにはあまり適していないような気がする。どうしても目が死ぬ。どことなく漂うデスマスク感が記念メダル全体を陰気な雰囲気にしている。

 一方、シンボルマークの図柄のメダルの方はいたってシンプルな作り、可もなく不可もなくといったところ。裏面にマスコットキャラクター(名称不明)を配するあたりも無難なデザインであるといえる。無難なデザインがキーホルダー的にもちょうどよいのかもしれない。

 最後に、この二枚が金メダルである点に少し注目したい。最近よく話題としているが、現在主流の31ミリメダルが世に広く広まったのは75年頃だと言われている。しばらくは38ミリと31ミリが混在するような時代が続き、81年の【神戸ポートピア】くらいから31ミリばかりが見られるようになってきた。しかし、38ミリ時代から31ミリ時代へと移行しても、しばらくは38ミリメダル時代と同じように銀メダルが色のうえでは主流であった。それが現在のように金メダルが主流となるのはいつ頃からなのか——私は85年頃、具体的には【つくばEXPO ’85】からではないかと踏んでいるのだが、さてこのイベントは86年であり、年代的に大体符合する。まあ、だからといって金メダル主流の確固たる証拠と言えるわけではないのだが。

 もっといえば、だからなんだという話でもある。ただ、そんなことも考えてしまうのが、記念メダル中毒者の悲しき症状である。そして、考えた限りは誰かに話したくなるのが人間のSA・GA。こういう話を女の子に熱く語ってしまうようになると、いよいよ女心はあなたの手からこぼれ落ちるように失われていく。

 だから、ここで書くのです。かといって、女心を手中に収められたわけではないのだが。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です