邪道【大阪築城400年まつり 大阪城博覧会’83】 記念メダル

 【大阪築城400年まつり】は、1983年に大阪城公園一帯をパビリオンに見立てて開催された地方博覧会である。このイベントは「大阪21世紀協会」という財団法人が主催した。この団体はこの【大阪城博覧会】のときに行われたものを第一回とし2007年まで「御堂筋パレード」という祭りを主催していたことでも有名なのだが、橋下徹が府知事時代に廃止を決定した(正確には「大阪府財政再建プロジェクト」により資金調達が困難になったため協会が廃止を決定した)。祭りは何かと金がかかるということらしい。

 銀色の記念メダルは、この【大阪城博覧会】に併せて10月23日に開催された【世界帆船パレード】を記念したメダルであると思われる。世界中から帆船が集まり、夜にはイルミネーションを身に纏った帆船のパレードが行われたらしい。ナイトプールが流行りの昨今こそ、こういうイベントを開催したらウケると思うのだがどうだろうか。船というのはフォトジェニックな素材であるので。

 大阪府の力の入れようが半端なかったのもあり、この【大阪城博覧会】は大盛況だったようである。御堂筋にはありえないほどの人が押し寄せ、当時皇太子・妃殿下だった天皇・皇后両陛下も訪れ、松下幸之助が開幕を宣言したらしい。また、「大阪城公園駅」はこのイベントに合わせて作られたようで、「地方博開催から都市開発へ」という地方博のスタンダードを踏襲したイベントであったといえる。

 大阪城公園といえば、知り合いがかつて「路上ライブのメッカである大阪城公園で一旗揚げて歌手デビューする!」という大望を胸に旅立ったことがある。県内の公立大学を受験予定であったが「たとえ受かっても進学はしない! 俺は大阪へ行く!」と強い決意を宿した目で熱く語っていた。私は「それならば受験しなければいいのに。受験料もったいないし」という言葉が喉まで出かかったが、言わなかった。彼はきっと、万が一合格していたらきっと大学に進学したことだろう。しょうがないから入学してやるというテイで。

 しかしもちろん人生はそんなに甘くはないので、彼は予定通り大阪へと旅立った。大阪でどのような生活をしていたのかは不明だが、1年半後、近所のスーパーの中にあるたこ焼き屋チェーンにたこ焼きを買いに行ったら、彼が焼いていた。彼はそのたこ焼き屋チェーンの店長で、大阪で出会った女の子と結婚し、子供も生まれていた。正確には、子供ができたのでその女の子は彼の奥さんとなり、彼はたこ焼き屋チェーンの店長となったともいえる。経緯はどうあれ、彼は定職につき、家庭も手に入れていた。彼の夢は叶わなかったが、代わりに私が手にしていなかったものを私よりだいぶ若く手に入れていた。

 人生とは、何がどう好転へと転がるかわからないものである。彼が大学に進学せず、大阪へ旅立ったからこそ、そのおかげで私はそのときたこ焼き2パックをタダでいただけたのである。何もお世話をした覚えはないが「お世話になりましたから、まかせてください!」と腕まくりをしながら。

 守るべきものを手にした彼は非常に頼もしく、たこ焼きもうまかった。そんな大阪城公園の思い出。

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