邪道【佐賀大博覧会 EXPO SAGA’69】 記念メダル

 【佐賀大博覧会】は昭和44年3月20日から5月18日までの会期60日間で開催された「農業」をテーマにした博覧会である。

 80年代以前の博覧会はネット上に資料が漂っていないことがほとんどなのだが、この【佐賀大博覧会】は佐賀県庁の公文書館が「SAGA EXPO’69 ーようこそ佐賀大博覧会へー」というどう考えてもスベる企画展を2015年に開催したらしく、その時の様子が県のホームページに残っている。といっても、一般客として訪れた人の情報があるわけではないので、「生きた情報」はやはり皆無に等しい。

 この博覧会は何でも「体験型」の博覧会を目指したらしく、年代を考えれば時代を先取りしていたと言えるかもしれない。農業をテーマにした博覧会であったので、当然その「体験」は農業に関することであったと推測される。その辺の詳しい情報は残念ながらなかったのだが、「農業」を体験する博覧会というのは、69年という時代も含めて、果たしてウケたのかどうなのか。というか、そもそも「農業」をテーマにした博覧会というもの自体、ウケたのかどうなのか(来場者は90万人ほどだったそうな。これが多いのか少ないのか)。近代農業の発展や技術を紹介するとともに、明治時代の農具や農家を再現した「明治の農業」といったコーナーがあったそうな。

 地方博ブームのときに流行ったのは、ほとんどの場合「未来」を感じさせるテーマ性であった。その未来の象徴の一つとして「リニアモーターカー」がやたらと展示されていたことは他の記事において述べた。

 「農業」という身近なものをテーマとした博覧会には、初めて出会った。現代の感覚からすれば、「農業」をテーマにしたイベントに90万人も訪れているというのが驚きである。時代の差であるかな。農業のことを学びに90万人の人間が訪れる時代は終わってしまった。農業は、自分たちの生活、自分たちが生きる上で最も大切なことの一つであるというのに。いつしか「農業」が他人事のようになってしまったことには、いつの日か、手痛いしっぺ返しを食らう日が来るのではなかろうか。いや、マジでそう思うのである。最近仕事で畑仕事を週二回するようになり、「野菜が高い」とか平気で言ってちゃいかんなというのを身を以て体感し、いろいろと考えさせられている。今年の異様なまでに暑い夏の日差しに倒れそうになりながら畑を耕し、育て上げたキュウリを、身内相手とはいえ5本で50円で売った時には、労働とは一体なんなのかということを非常に考えさせられた。野菜の値段が高騰しているという不満をもったとき、そのイライラの矛先が農家の人に向くことは絶対に許されないなと個人的には今では思う。作ってもらっているのに文句を言ってはいけないという、ごく当たり前のことである。嫌なら買わなければ良いわけだし。

 話がそれるようだが、「野菜生活」は年契約で農家と契約し野菜を確保しているらしいので(『がっちりマンデー』でカゴメの社長が言っていた)、こういう年は契約農家の人は暑さのせいで涙も枯れ果てるんだろうなと思った。ビジネスとは世知辛い。

 そんなわけで今ではちょっと農業のことを考えるようになったのだが、逆に言えばこれまで農業のことは私自身他人事のように考えていたともいえる。日々野菜を口にしているのに。

 現在では大雑把に言えばコンピュータに関する各種イベントが盛況で、それはなぜかといえばコンピュータが身近な存在だからであるといえる。ごく当たり前のことだが、人は自分に関係のあることに関心が向く。

 農業をテーマにした博覧会に90万人の来場者があったというのは、当時はそれだけ農業が自分にとって身近なものであったということを意味しているのではないだろうか。それがいつしか他人事のようになり、「野菜はスーパーにあるもの」という認識が暗に刷り込まれつつある。

 それでいいのかな〜なんていう私も、所詮そうした人間の一人であることは間違いなく、何の結論も出ないまま、この記事を終えるのであった。

 考えてみると、70年の【大阪万博】より前の博覧会に初めて触れたな〜。【大阪万博】によって、博覧会の在り方というのは確実に変わり、「博覧会」=「未来志向」になった気がする。気がするだけで検証してないけど。

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