邪道【瀬戸内2001大博覧会 2001博】 記念メダル

 【瀬戸内2001大博覧会】は、1979年に岡山県で開催された地方博である。70年代の博覧会なので、例によってめちゃくちゃ情報が少ない。70年代の地方博はウィキペディアにも載ってない場合が多い。

 ただ、個人のブログで非常に詳細に当時の様子を残しておられる方がいたので、以下それを参考に(ちなみにコメント欄を見ると、会場入り口にいたマスコットキャラの名付け親だったという方がコメントしていたりして面白い。コメンド返し等も非常にセンスを感じる方である)

 

 かんちゃんさんのブログ「万華鏡」

 

 跡地は現在、「藤田企業団地」といういわゆる工業団地となっているようで、博覧会の痕跡は一切残っていないようである。私は記念メダルを通じてこうした地方博について調べるうちに、この「博覧会の跡地利用」というものに非常に強い関心をもつようになった。多くの場合が「記念公園」という無難な(ある意味跡地をうまく利用しようという意識が希薄な)利用の仕方に落ち着くのだが、綺麗さっぱり取り潰してその上に全く関係のないものを造るというのは、なかなか潔い。上記のブログに「跡地を訪れてその痕跡を探す」という記事があったのだが、本当に綺麗さっぱり何もないようであった。これはむしろ珍しい。大抵はモニュメントの一つでもなんとなく残しておくものなのだが(記念公園内に大抵ある)、工業団地と化した土地にその名残は一切なかった。素晴らしい。行政のやることにしては大変潔い。行政は大抵、自分たちがやったことが跡形もなくなることを嫌うので、記念史やら記念碑やら記念モニュメントやらをその場に残しがちであるので、この潔さは大変珍しいといえる(記念公園なんてその最たるものだよね)。

 内容はというと、一言でいえば「21世紀への期待を体現した博覧会」といえる。2000年まであと21年となった79年に開催されたのもそうした意味合いからだと思われる。

 21世紀への期待を最も表した代表格は「リニアモーターカー」である。現在談合で揺れるリニア構想であるが、その構想はこんなにも古くからあったことは、おっさんおばさん世代なら当然のように知っているであろう。資料に描かれる国鉄カラーのリニアモーターカーが時代の古さを感じさせる。

 現在(2018年)は21世紀になってすっかり久しい。さすがに車が空を飛ぶことはないが、当時思い描いていた21世紀の未来予想図の斜め上を行くような発展をしたものも多い。ロボット分野でいえば、ドラえもんの誕生はまだなされてないものの、この勢いでいけばドラえもんの誕生日である2112年には誕生しそうな勢いでもある。ただし、技術的に可能となったとしても、実際にはその前に倫理的な問題が立ちはだかることだろう。ドラえもんは人に向けて暴力がふるえちゃうからね〜

 

 

 いろいろな夢を描いて催されであろう【2001博】であるが、非常にこじんまりと開かれ、綺麗さっぱりと終えたという印象である。最終的な収支等の資料がないので成功か失敗かはなんともいえないが、個人的には地方博のあり方としては非常に好感がもてるものである。【ポートピア’81】の成功から、都市開発をセットにした構想が練られて開催されるケースが多くなり、そうなると規模が大きくなるとともに利権やしがらみが増えて、運営側一枚岩になれずに不発に終わることが多くあるように感じられた(まあ真相は藪の中だが)。80年代の地方博ブームはバブル景気による大盤振る舞いなところも多分にあっただろうが、開催規模のせいで赤字になっているものも多いように思う。また同年に3つも4つも各地で地方博を開催していたという異常な事態も(今にして思えばだが)、各地方行政同士の折衝はなかったのかと疑いたくなるのだが、その辺にも個人的にはきな臭さを感じてしまう。つまり、開催さえすればポケットマネーが潤う人がいて、その人にとっては博覧会自体の成功失敗はあまり関係がない、みたいなね〜。まあ誰かが暴露本を書かない限り調べようがないけども↓。

 

 

 今となってはどちらにしろ過去の話であるが、地方博はこの【2001博】くらいの規模で行い、「一イベント」として終了後は綺麗さっぱりさせるくらいの方が良かったように思う。人々の記憶にもネットの記憶にも残らないかもしれないが、記念メダルさえ作ってくれれば、記念メダラーのコインアルバムの一部にはずっと刻まれまっせ〜(という超勝手な言い分)。




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