邪道【’84とちぎ博】 記念メダル

 【’84 とちぎ博】は、1984年に栃木県宇都宮市で開催された地方博である。跡地は現在「清原中央公園」という、市のスポーツ公園として整備されているらしい。また、近くに「’84 とちぎ博歩道橋」というそのまんまな名前の歩道橋が現在も残っているらしい。グーグルストリートビューで確認したが、確かに残っていた。が、きっと私が実際にここへ行くことはないだろう。剛力彩芽の写真は見たことがあるが、実際に会うことがないであろうことと一緒である。違うか。

 栃木県は小学校の遠足だかキャンプだかで宇都宮駅に一時停車したくらいで、全くと言って良いほど縁のない土地である。しかし、昨今の怒涛の記念メダル発売ラッシュにより、全国の記念メダラーから現在最も注目を浴びている県であると言える。なぜ栃木県ばかり記念メダルスポットが増えるのか? 県の事業として立ち上げられでもしたのか? と、謎が深まるばかりである。宇都宮餃子以外に名物を作ろうとしているとしか思えないぜ!

 この地方博は「宇都宮清原工業団地」という団地の分譲をPRする側面も含めて開催が決定したらしく、珍しいパターンであると言える。「団地」という言葉がすでに死語と化しているような現代では、ちょっと考えられない開催理由である。現代では、もはやこのような工業団地は造られることはないだろう。現在の時流としては、土地の活用が団地に比べて狭くて住む高層マンションをオシャレに建てて、60年後には取り壊す契約で、子供が生まれたばかりくらいの若い世代の入居者を募集するというような流れである。そもそも行政が事業として「団地」「ニュータウン」と呼ばれたような新規の新興住宅地開発を行うことがもうほとんどないと言っても過言ではない。残っているのは、かつて造った公営住宅を給与に応じた家賃で貸し出すといった賃貸業くらいである。「ニュータウン」の「ニュー」が虚しく響き渡るくらいの過去の話と化してしまった。

 私の実家は神奈川県の某団地にあるのだが、団地全体に高齢化の波が押し寄せており、この間団地の積立金で設置されたのが、30年以上全く必要とされていなかった(設置が検討すらされなかった)「手すり」である。「手すり」が団地内の至る所に設置された。それこそ「こんなところに手すりなんている?」と思うようなところにまで設置されていた(私が必要ないと感じるだけで、高齢者の方には手すりが必要な場所なのかもしれないが)。団地内には当然子供の姿はほとんどなく、活気もない。団地内にある小さな公園に人影は全くなかった。「団地」というのは、間違いなく滅びゆく文化であると考える。この一つの「集落」ともいえる古い集団の中に、空きが出たからといって若い世代がわざわざ引っ越してきたいと思うはずがないのである。

 ただ、私の幼少期の記憶は常にこの「団地」の中にあり、通う小学校も、小学校近隣に建てられていた数々の団地から子供が集まっていた。「団地」という一つの世界の中で生きていたのである。この「世界」というのは決して極端な表現ではなく、たとえば、団地内の道路は今思えばどこか治外法権的なところがあり、ノーヘルの原付はもちろん、あまり詳しく書くのは控えるが、道路交通法上いろいろと問題のある行為がなされていた。そしてそれを、そんなには不思議に思わない環境であった。「時代がそうだった」ともいえるのかもしれないが。

 「団地」をどうしていくかというのは、今後きっと大きな問題となると思われる。とりあえず「UR」等がリノベーションして賃貸物件として貸し出すと思われる。団地に住んでいた私としては、新規であの場所に戻りたいとはあまり思えないのだが、世の中的にはどうなのか。

 

↓YouTubeになぜかイメージソングがアップされていたので添付




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