【三陸・海の博覧会】は、1992年に岩手県釜石市で開かれた地方博である。
この博覧会の跡地は、東日本大震災の際に津波に見舞われ、瓦礫の山と化したとの記事があった。当時この博覧会を担当したプロデューサーの方が、20年前のこの博覧会を思い出しながら、津波被害に立ち向かおうと静かに決意している記事もあった。それを思うと、下のYouTubeにアップされていた当時の様子を収めた記録動画は、より一層価値あるものであると感じられる。私なんかが何を言っても陳腐なものになってしまうのでこのことに関してはここまでにしておく。
以下、主観に満ちた博覧会自体に対する解説。
記録動画を見ると、メイン会場と共催会場とに分けた大規模な博覧会だったにしては、(他の大規模博覧会に比べて)なかなか牧歌的な様子である。派手な演出や乗り物はあまりないように見受けられる。また、目標動員数が70万人だったのに対して201万人を動員したということで、記録上では大成功と謳われているらしいが、今まで記念メダルを通じて様々な地方博を調べてきた感覚からいえば、まあ妥当な数字なのではないかと思う。そもそも目標が70万人というのが、規模から考えてどう見ても過小評価であり、運営側がちょっと置きにいっている感じが目に見える。実際に70万人しか動員できなかったら絶対に赤字だったはずである。実際には単純には比べられないことを百も承知で述べるが、地方博史上最も悪名高い「世界・食の祭典」では有料での入場者数が90万人(不評すぎて後に入場料を無料にして最終的には170万人)で、90億円の赤字だったことを考えると、この目標数の信憑性はちょっと疑わしい。地方博は町おこし的な側面が多分にあるものの、れっきとした一事業として行政も企業も巻き込んで行われるため、ドカンと金をかけてドカンと儲けるというハリウッド的なやり方である場合が多く、また利害関係者も多岐に渡る。何が言いたいかというと、「目標70万人」という数字が、ちょっとほんとに信じられなく、「大人の事情」的なものを非常に感じるなぁということが言いたいわけである。この地方博は「ジャパン・エキスポ制度」という旧通産省の認定を受けた特例地方博であったのだが、もし仮に目標数程度の入場しかなかったら、他の「ジャパン・エキスポ」の中でもダントツにダメだったということになってしまう(結果論だが)。
いろいろな地方博を調べるうちに、最近は地方博の裏側を考えるようになってしまったため、こんな話題でグダグダと引っ張ってしまった。閑話休題。
記念メダルに描かれているキャラクターは「リアスくん」である。リアス式海岸からとられたのね〜ということがこれ以上ないほどわかりやすいネーミングでとてもよろしい。
いつか「地方博キャラクター一覧」みたいな企画を記念メダルを通じて行いたいと考えているのだが、予定は未定である。まずは所有している記念メダルをはやいとこ全てアップしたいものである。
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