邪道【人体の世界】 記念メダル

 【人体の世界】は、1995年に日本解剖学会創立100周年を記念して、上野の【国立科学博物館】で開催されたイベントである。【国立科学博物館】といったら、すっかり記念メダルのメッカである。開催されるイベントでは高確率で記念メダルが販売され、【国立科学博物館】自体にも記念メダルがある。施設自体も超見応えがあるので、何度訪れても全く損のない、記念メダルスポットにしては珍しい場所であるといえる。しかも、2018年の3月には「人体」というこの後継のような特別展が再び【国立科学博物館】で開催されるようなので、自ずと記念メダルへの期待も高まるというものである。

 で。

 この【人体の世界】というイベント、調べてみるとなかなかいろいろあったようである。いや、正確には後年に開催された主催者も異なる「人体の不思議展」というイベントが問題となったのだが、その記事を読むと、必ずこの【人体の世界】というイベントも合わせて挙げられている。

 このイベントでは、ドイツで開発された当時の最新技術「プラスティネーション」という技術で標本された遺体が展示されたのである。この技術は、ホルマリン漬けの標本とは違い、樹脂で遺体を固めて標本化する技術で、展示の際には近づいたり実際に触ったりできたらしい。【人体の世界】では、その技術によって標本化された遺体が世界で初めて「一般公開」されたのである。それはどう考えても盛況だったのは想像に難くない。

 このイベント自体はそれで済んでいて、話は終わりである。ついでを言えば、あの「夏目漱石」の脳みそが特別展示されていたらしい。これもまたすごい話であるように感じるのだが、当時は純粋に「すごい」という話で、それに対してとやかく言われることはなかったっぽい(少なくても表立っては)。

 全てのことは、90年代半ばという「時代」がこれを寛容していたのではないかと思う。時代は、ゴールデンタイムに放映されていた「バカ殿様」で女性タレントのおっぱいが平気で流されていた時である。

 時は流れ、2002年から「人体の不思議展」という、【人体の世界】で披露されたものと同じ技術で人体標本を展示したイベントが全国規模で開催された。これは2011年まで各地を回りながら続いた超ロングヒットなイベントであった。主催団体としては恐らくもっと続けようとしていたのだと思うが、それがままならない事態が起こった。「違法な遺体の展示を見て精神的苦痛を受けた」として慰謝料1万円を求める訴訟を起こされたのである。

 「プラスティネーション」という技術で標本化された遺体は、良くも悪くも作り物っぽい感じになるらしい。そのため、見学する方としては、ホルマリン漬けの遺体を見るような生々しさを感じなくてすみ、心理的な敷居はかなり低くなる。一方で、「遺体である」という現実感は薄れ、本来遺体に対して自然と持つであろう敬虔な気持ちや畏れを持ちにくくしてしまう。その結果からか、「人体の不思議展」では、展示されていた人体標本は電話を掛けたりスポーツをしたりするなど、いろいろなポーズを取らされて展示されていたらしい。そうした倫理観を問題視した団体が訴訟を起こしたのである(ちなみにその団体のHPは今でも閲覧可能)。この反対運動を受けて、日本医師会等の大御所が後援を降り、イベントは終焉した。

 【人体の世界】は日本解剖学会が主催した学術的展覧会であったが(少なくても建前上は。有料イベントではあったが)、「人体の不思議展」は医学界とは無縁の営利団体が主催した営利イベントであった。つまり、「遺体を見世物にして金儲けをしている」という批判が起こったわけである。そして、どう考えてもそうした側面が強いように思われる。これは別に、遺体に変なポーズを取らせて展示していたからというわけではない。

 標本展示された遺体は全て中国人であった。そして、その遺体は中国の標本製作工房から「輸入」していたのである。上述の批判団体はその遺体の出所を問題視していたのだが、実ははっきりしていて、詳細は省くが中国の死刑囚の遺体が用いられていた。「輸入元」の工房も、胡散臭い匂いがプンプンするようなところであった。

 世の中の声を受けて警察が動き出すと、主催団体である日本アナトミー研究所は、遺体を「遺体ではなく、解剖標本である」と主張し、結局は立件されず、そのまま逃げ切った。灰色の決着となったのである。

 この騒動に関しては、一部では「科学技術を法で捉えるのは難しい」という意見もあるようだが、おおむね批判的な流れが最終的には大勢を占め、尻つぼみのように終焉した。私としてはその倫理観に関する是非には敢えて言及しないが、一つ思うのは、やはり「時代」なのではないかということである。

 「人体の不思議展」は主催団体が医学界とは関係のない営利団体であったことや、その展示の仕方、「仕入先」等からどんどん火種が大きくなっていったように見えるのだが、95年の【人体の世界】も、もし2000年代に開催されていたら、やはり大なり小なり批判を受けたのではないかと思うのである。先にも述べたが、90年代中頃は、飲酒運転に対する規制がゆるいのもあって平然と行われ(幼馴染の警察官であるお父さんがご飯に連れていってくれたとき「一杯だけなら捕まらないから」と言ってビールを飲んでいた)、CMで子供の裸が平然と放映され、ゴールデンタイムですらテレビで女の人のおっぱいを拝むことができ、学校の先生は職員室でタバコを吸い(私の少4の時の担任は教室で授業中でも吸っていた)、18歳未満が余裕でエロ本やAVに出ていた時代である。

 時代は明らかに変化していて、遺体に対するものに関わらず、倫理観的にはかなり「厳しく」なっている。子供がおつかいでタバコや酒を買って来れた
時代とは訳が違うのである。それを思えば、現在では遺体の標本展示などよほど気を遣って調整しない限りどう考えてもご法度となると考えれるのだが、2018年3月から開催される特別展「人体」では、果たしてどのような展示がなされるのか、非常に興味深いところである。あと、記念メダルが発売されるか否かもね〜

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