邪道【龍安寺】 記念メダル

記憶は嘘をつく

 【龍安寺】は、言わずと知れた「枯山水の石庭」で有名なあの京都の龍安寺である。「りゅうあんじ」ではなく「りょうあんじ」と読むあれである。場所としては立命館大学のほど近くであるので、大学生のときに当時の彼女と観光で訪れたときには「倉木麻衣と出くわさないかな?」とちょちょくりあったものである(年齢がバレるネタ)。

 また、中学・高校の古文の授業でよく取り扱う『徒然草』の「仁和寺の法師」でお馴染みの、あの仁和寺が近くにある。京都駅からのバス的には同じ場所で降りることになる。あの古典文学のおかげで「仁和寺の法師はアホばっかり」みたいな認識が古文に真面目に取り組んだ中高生にほど浸透したと思われるが(仁和寺の法師のことを覚えていない大人の方が大多数だと思うが)、いずれの話も決して笑うことのできない教訓譚である。例えば、最も有名な話である「積年の夢であった石清水八幡宮詣でを決行したものの麓にある神社仏閣を見て満足して肝心の石清水八幡宮に行きそびれた」という話は、「デッドストック品として発見された栃木県の【戦場ヶ原】メダルをずっと買いに行きたいと思っていてようやく栃木遠征が実現したため念願叶って無事メダルをゲットしたら、肝心の戦場ヶ原を見てくるのを忘れた」という私の行動にピタリと当てはまる。

この光景を私は見ておりません。

 中高の古文の授業で確かに学んだはずなのに、人間の歴史はかくも繰り返されるものであることよ。

 そんな歴史に彩られる古都・京都。

 ここまで語っておいて【龍安寺】が一体どういう由緒のあるお寺なのかはまったくの謎なのだが、とりあえず石庭が有名だ。枯山水だ!

 前述のように、このお寺には何度か足を運んだことがある。そして訪れる度に初めて訪れたテイで感動してみせるという超どうでも良い気遣い(?)をしていた、是れ即ち青春の思い出——

 平和に過ごすためにはその辺の細かい嘘の積み重ねって大事よね、実際……

 ただ今回久しぶりに足を運んでみて驚いたのは、細かいところが全然記憶と違ったということである。「石庭」と「つくばい」以外はほとんど記憶になかったと言っても過言ではなく、当時の私が如何に連れ立ってきた女性しか見ていなかったかという若き日の欲望の強烈さを時を経て思い知らされた次第である。石庭に至るまでの道も全っ然記憶と違いましたからな……

「えっ、こんなに広かったの……:(;゙゚’ω゚’):」と度肝を抜かれた全景地図
「こんな池、あったっけ……Σ(゚д゚lll)」と謎が謎を呼んだ敷地の半分近くを占める巨大な池「鏡容池」
「何、この緑溢れる道は……?」とそこには私の知らない龍安寺が広がっていたのでした。

 まず、こんなに庭が広いという記憶がないのよね。。。石庭より前に、「普通の庭が素敵やん∑(゚Д゚)クワッ」という感想でございました。紅葉深まる京都は問答無用で素敵です。

秋が深まる京都に連れてくればとりあえずハズレはない論、あると思います!

虎の子渡しのお母さん虎って勤勉よね

メダルのデザインになかなか忠実に撮れたのではないかと自画自賛の一枚
ちなみに濡れ縁にめっちゃ人が座っていたけどそれが一切写っていないところもポイント高なのだ!

  そんなわけで石庭見学である。石庭のイメージとして「有名な割にはそんなに混まない」という記憶があり、まさにその通りであった。縁側に座ってぼーっと庭を眺めるというのがこの場所でのスタンダードな楽しみ方なのだが、逆に言えば、そんなことが実践可能なほどの余裕がある人の入りなのである。頑張れば人が全然いないかのような写真を撮ることも可能なので、隠れフォトジェニックスポットであるかもしれない。コスプレとかして来たら死ぬほど浮くと思うけども。

物思いに耽るパンダ
もちろん、この光景を写真に収めるその姿を周囲の大人たちに見られておりますYO!
別名「虎の子渡し」と呼ばれる石庭。由来は「石の配置が母虎が虎の子を連れて川を渡る様子に似ているから」とのことなのだが、そんな風にはまったく見えない私は風情も趣もわからないつまらない人間なのです。
ちなみにこの「虎の子渡し」の逸話は結構奥深くて、簡単に説明すると「虎の子が3匹いると母虎は川を渡るだけでもマジ大変」みたいなエピソードで、人間社会に重ねるとなかなか感慨深いものがあります。
「細川勝元って人が作ったよ」的なことが書かれた説明書きがあり。どうでもいいけど描かれた人間の倍率がひどいっす!
ミニチュア石庭あり。これは視覚障害者が石庭を手で触って感じるためのものらしく、すげーなと思いました(小並感)。

 石庭の感想としては

ちょっとよくわかんね( ´∀`)ダイナシ

 といったところであるのだが、かのエリザベス女王が日本を訪問した際にたっての希望で見学して感銘を受けたとのことなので、理解できない私が悪いのは明白である。縁側に座ってあぐらをかいてみても何も感じるものがなかったのだから、もうどうしようもない。人間としての素養の問題である。

 ここではもう一つのウリとして、メダル裏面にデザインされた「つくばい」がある。

水戸黄門が寄贈したものだ!(レプリカだけど)

 個人的にはこちらのデザインの方に大きな感銘を受けた。いままでずっと、てっきり真ん中に穴が空いた古銭をイメージしたものだと思っていたのだが、そういうことではなく、真ん中の「□」の字を共用して「吾」「唯」「足」「知」という字を形作っているいるらしい。これを書き下し文にすると「吾れ唯だ足ることを知る(われただたることをしる)」となり、徳川光圀に言われてもまったく説得力ねーよと思っちゃうようなありがたい格言になる。ちなみに「つくばい」とは、茶室に入る前に手を洗うところである。

社畜サラリーマン=水飲み百姓の私は「貧しといえども富めり」と言われても貧乏はツラいですよと反論したいなう
この「つくばい」のデザインは昨今流行りのSDGsのポスターのデザインにもなっておりました。確かに「吾れ唯だ足ることを知る」はSDGs的な標語である。

 そんなこんなで日本の歴史をサラッと感じられる良スポットであった。無料駐車場もあるのでサクッと世界遺産を感じたい人にぴったりの観光スポットである。惜しむらくは記念メダル販売の廃止である。

 記念メダルなき今、記念メダラー達が訪れることはあまりないかもしれない。が、京都は記念メダルスポットがたくさんあるので、そのついでに寄ってみたりすると「ああっ、観光した〜( ´ ▽ ` )」という満足感を与えてくれること請け合いである。まあ記念メダル巡りをしているとその余裕がないことは重々承知しておりますがね……

 こういった観光重視の旅をたまにすると、「私は本当は旅がしたかったんだな」ということを改めて思い出す良い刺激となった。とはいっても記念メダル愛がやや勝っているタイプの記念メダラーな私であるので、その辺の心の持ちようは実に難しい問題である。まあそんなに深く考えてないけども。

余談:軽自動車専用駐車スペースに停めようと思ったら、そばの木の枝がめちゃくちゃ低く垂れ下がっておりましてね……
見事に枝で屋根を引っ掻きまして、自慢の鏡面ボディに決して消えない傷がつきましたYO! という悲しみの思い出。しかしこれもまた旅である。

記念メダルについて

売店にはもちろんデッドストック品はございませんでした〜

 記念メダル的な話としては、茶平工業公式HPの「販売終了したメダル」の一覧に掲載されているくらいには販売が継続されていたメダルスポットであることがわかる。恐らく2000年代までは販売されていたことだろう。私が入手したものは仕様がさらに古い年代の旧デザインのものであるので、いつの日か現行仕様の金メダルも手に入れたいものである。

 デザイン的には「石庭」「つくばい」を非常に忠実に再現していて、恐らく記念メダラー達からのウケは相当良いと思われる。こういった「ザ・観光地」といったデザインのものは最近では本当に見られなくなってきており、一抹の寂しさを感じる。なくなってきたということは、イコール「需要が無い」ということの証左なので、これもまた「時代の流れ」の一言で片付けられてしまうことなのだが、古参勢としてはやはり寂しい。もちろんアニメキャラクターが描かれたメダルでも私はそれが茶平工業製記念メダルである限り好きなのだが、「メダル収集の始まりは旅の思い出としてこういうデザインのメダルが気に入って買ったんだったな〜」ということを思い出し、なんとなく感慨に耽ってしまうのであった。歳だな。




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