邪道【交通博物館】 記念メダル

 

交通博物館記念メダル銀

秋葉原から徒歩3分のちょっと客層の違うマニア施設

【交通博物館】はかつて東京都にあった、交通の全般にわたって収集と展示を行う本格的な博物館である。「博物館」と名がつくとおり学芸員による調査研究活動がなされており、その成果を展示する場として存在した正真正銘の「博物館」であった。2006年の5月に閉館し、後継施設として埼玉県の【鉄道博物館】に鉄道部門のみを引き継いだ。しかしこちらは本来「博物館」における研究活動は行われておらず、展示のみのいわゆるテーマパーク的位置づけである。運営する団体も異なり、その根底に本来有していた意義は薄まったといえる(必ずしもそれが悪いわけではないが)。無論、それが現代の博物館の在り方なのかもしれないが。

現在は取り壊され、跡地には「JR万世橋ビル」という地上20階建の商業ビルが建てられている。

もともとは「万世橋駅」という今はなき駅に併設する形で開設されたらしい。この点、こちらも現在では閉館してしまったが【交通科学博物館】と似ている。
この「万世橋駅」が廃止されたのは1943年ということで、なんと終戦の2年前である。学校の歴史の授業では戦争中ってどこもかしこも戦争しかやっていないようなイメージがあるのだが、当然市民生活があり、企業の活動があり、日常生活があった。駅を廃止するとかしないとか、そういった「普通」のことを決める時間もまた流れていたのである(もちろん戦争が廃止の一因であるかもしれないけれど)。

この「万世橋駅」というのは神田ー御茶ノ水間にあった駅だそうで、交通博物館が併設された(もともとは別の場所にあったが関東大震災で焼失したため移転してきた)1936年にはバリバリ稼働していた。「駅に併設された鉄道博物館」というのは戦前から鉄道マニアのマニア心をくすぐっていたのかもしれない。くどいようだが、現代に生きていると「戦前にもこんな施設があったとは⁉︎」という感覚になる。戦前と戦後ではまるで別世界のような感覚で、生活が一から十まで変わってしまったような感覚に勝手になってしまっているが、文化的なものというのは当然、歴史があってその流れを引き継ぐものである。何が言いたいかといえば、戦前であっても「てっちゃん」は存在しただろうし、それは全然不思議なことではない、ということである。そして、同じようにこうした施設に喜んでいたはずだ。

話を戻すが、この施設は鉄道だけではなく、船舶や自動車、航空機といったまさに「交通博物館」の名の通り交通に関する様々なものを展示するようになった。その「交通」に関する徹底ぶり、網羅ぶりは芯を通していて、なんと「駕籠」まで展示していたらしい。確かに「交通」だけど!

それでもウリはやはり鉄道関係のもので、1Fでは、学芸員による鉄道模型の操縦(※解説付き)が名物となっていたそうである。担当する学芸員の嗜好によって運転する車両が変わり、BGMも担当者お手製のCDで曲編成されていたようで、マニア心をくすぐる凝りようであったと言える。このあたりのエピソードを聞くと、鉄道に全く興味がない私であるが、「記念メダルのためであるなら行ってみたかった」くらいに心が惹かれるエピソードである。やはりマニアはマニアの、オタクはオタクの心意気に惹かれるところがある。まったく集めてないしプレーしたこともないのに、YouTubeで「遊戯王カードゲーム」や「デュエル・マスターズ」の開封動画を見てしまう私。

↓よくわからんのに「関係者限定」とかいう言葉の響きに興奮してしまうオタク・シンクロニシティ

オタクが集う町「秋葉原」のほど近くに、秋葉原の客層とは趣の異なるオタク施設があったことは、きっとてっちゃん達の心に末長く残ることだろう。開館当時、まさか秋葉原がこのような街になるとは国鉄職員もまったく予想だにしていなかっただろうに。

ちなみに閉館まもない跡地では、『電車男』というドラマのロケ地として使用されたそうである。しかし『電車男』の主人公は、アニメオタクであって電車オタクではないのだが。

↓これではないらしいが。

記念メダルについて

交通科学博物館記念メダル

鉄道関係メダルが陥りやすい安易なデザイン例(【交通科学博物館】)我ながらすごい言い様だ。

鉄道関係の記念メダルにありがちなごくありふれたデザインで、特に目をひく要素はない(ひどい言い草)。【交通科学博物館】をはじめとした古いタイプの鉄道関係メダルによく見られるようなデザイン構成である。一言でいえば「鉄道好きしか萌えないデザイン」であるといえる。だから私は全然萌えない。記念メダルの魅力を理解できない大多数の一般ピープルが記念メダル販売機を見ても1ミリも興奮しないことと同じである。

ただ、今はなき施設であるということから、「確かにそこに存在した証拠」として重要であるといえるかもしれない。単にメダルの販売が中止されたからもう購入できないというわけではないのである。建物自体も跡形もなくなり、全く別の、何も関係がないビルが跡地に立った今、記念メダルはそこにかつてあったものの存在を静かに語り続けているのである。

まあ別にそれは記念メダルじゃなくてもいいんだけど(ミもフタも話を終える)。

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