邪道【みずなし本陣ふかえ】 記念メダル

平成新山普賢岳記念メダル

平成新山とは

 私の年代以上の方は、90年から始まった「雲仙・普賢岳」の大規模な噴火は記憶に焼き付いているのではなかろうか。私は当時小学生であったが、あのときのニュース映像はいまでも鮮明に脳裏に焼き付いている。

 筆舌に尽くし難い甚大な災害であったので、ここでは当時の様子を振り返るようなことはしない。述べたいことは、「平成新山」とは、あの時の噴火によって形成された溶岩ドームが山体を形成し、噴火が収束した96年以降に「平成新山」と名付けられた、という事実である。

 この「平成新山」は普賢岳の標高を上回り、雲仙の最高峰となった。

島原といえば

 「島原」ときいて即座に思い出すのは、「島原の乱」である。「島原の乱」といえば、「天草四郎時貞」で、「天草四郎」といえばもちろん「サムライスピリッツ」である。

 マジな話、私の世代のおっさんにとって、島原の乱といえば「サムライスピリッツ」なのではなかろうか。むしろ「サムスピ」を知らなければ、天草四郎も島原の乱も「歴史の教科書にほんのちょっと出てきた出来事(人物)」でしかないだろう。あるいは、全く知らない可能性すらある。しかしサムスピをやりこんだ者にとっては、天草四郎は小林幸子よりも「ラスボス」なのである。

 【島原城】はもちろんラストステージであるので、記念メダルを求めて訪れたあかつきには、サムスピごっこを行う予定である。

記念メダルについて

 「平成新山普賢岳」とででーんとメダルに銘打れているが、記念メダルが販売されていた場所は正確には【道の駅みずなし本陣ふかえ】という道の駅である。道の駅ではあるが華やかなタイプの場所ではなく、90年の普賢岳噴火の時に発生した火砕流によって埋没した家屋がそのまま保存されている公園である。すでに販売中止となっている場所だが、メダル販売場所である【島原城】から割と近いので、いつの日か立ち寄ってみたい。

 雲仙関連の記念メダルは、それこそ【雲仙ロープウェイ」】で今でも販売中である(はず)。

 道の駅なので、私のように車中泊を主体とした旅を組み立てる者にとっては一夜を過ごす場所となる可能性が高い。しかし近年では、国土交通省より正式に「道の駅での車中泊禁止」が通達されており、「車中泊」と「仮眠」との境界線が度々議論の的となっている。特に車中泊系YouTuberにとっては当然死活問題なので、「マナーを守って車中泊をしよう」と再三呼びかけているものの、コメント欄では大抵国土交通省の通達をもとに批判的な内容のコメントがあがる。

 一方で近年の軽規格キャンピングカーのブームはどう考えても車中泊ブームとの相関性があり、「キャンプを手軽に楽しみたい」からキャンピングカーが売れているわけではないことは明白である。つまり、車中泊は現在では一定の経済効果を生むジャンルであるといえる。その辺、悩ましい。事実、今ではメーカー純正オプションで車中泊キットが販売されている時代である。新しいところでいえば、スズキの新型ジムニーは最初から車内がフルフラットに近い形となる構造で造られ、純正オプションとして車中泊ベッドキットの販売がある。ホンダのN-VANの販売によってもともとあったその辺の需要に業界内でも火がついたイメージがある。

 ブームになる前から車中泊を趣味としていた人間からしたら、「問題が浮き彫りになることこそブームとなっている証左である」と感じる。はっきりいって、昔よりよほどマナーについて議論され、遵守しようという動きがあるように感じる。以前の方が「大型キャンピングカーが道の駅の駐車場にテーブル広げてバーベキュー」なんて光景は目にした気がするし、今ではそこまでのやんちゃはむしろほとんど目にしない。その代わり、車中泊をする車の数は圧倒的に増えた。そして車中泊を行う者の絶対数が増えたため、ひどいマナーの車中泊者が増えたのもまた事実である。ついでに言及すれば、昔は旅人ライダーが道の駅の芝生エリアにテント張って宿泊、なんなら駐車場にテント張って宿泊なんて光景もよく目にした。

 いずれにしても、社会問題になっていることこそが社会に浸透したという事実を表し、社会に浸透したならば、おそらくもう無くすことはできないのではないかと思う。

 ただ私は、個人的には「禁止されても仕方ないんじゃね?」と考えている。少なくても道の駅では禁止されても仕方ないのではないかと思うのである。道の駅側のメリットもあんまりないし。長距離ドライバーにとって欠かすことのできないPA・SAと違い、道の駅は夜間開放しておくメリットを正直感じないのよね〜って、それがなかったら道の駅じゃないんだけどね! 難しい! いやん!

(追記)ということで行ってきました! 何も開いていない早朝に……

 フェリーによって鹿児島上陸。で、九州の南から順々に記念メダルを巡って北上していくと、「【熊本城】の次にどこに行くか?」が問題となる。2019年3月現在、宮崎県では記念メダルが一枚も販売されていないので(どげんかせんといかん!)こうした問題が浮上する。私は「がんばって長崎県の島原までいき、島原(【島原城】)から海沿いに北上していく」というルートを取った。そうすると長崎県以降も一筆書きでうまく回っていける感じになると思ったのだが、どうなんですかね?

 で、問題となるのが熊本城から島原市までの移動である。海を挟んでほぼ向かい合っているのに、陸路で行くならば近くて遠い幼馴染のあの子のような存在で(意味不明)なんと3時間以上かかるルートとなる。

ちなみにフェリーが出てるのでそれを使えばあっさり着きます

 【熊本城】からの出発はとっくに日が暮れていた&この日に鹿児島上陸でがんばってメダルを巡ってきた後——だったので、むしろここからが本番だ! みたいな、なかなか辛い旅路となった。島原についたら【島原城】から順に巡っていく計画だったので、近くで「仮眠」をとりたい! ということで、かねてから訪れてみたかった旧記念メダルスポット【道の駅みずなし本陣ふかえ】で旅の疲れを多少なりとも癒す「仮眠」を取る&そのまま見学をすることにした。【道の駅みずなし本陣ふかえ】から【島原城】は車で10分圏内である。見学した時は早朝だったので「観光案内所」等の施設はもちろん閉まっていたのだが、肝心の雲仙・普賢岳土石流被害の展示は自由に見られたので、私が見たかったものは十分に脳裏に焼き付けることができた。以下、冗談で語れない場所の数々なので、写真のみさらっと。

みずなし本陣ふかえ写真観光案内所
記念メダルがあったかもしれない観光案内所
みずなし本陣ふかえ写真入り口
道の駅としての営業時間外でした
みずなし本陣ふかえ写真1

みずなし本陣ふかえ写真
一見、立っている場所が小高いだけにも見えるのだが……
みずなし本陣ふかえ写真
近づくと、土砂に埋もれているのが一目瞭然
みずなし本陣ふかえ写真

 早朝で朝日が照らす中、誰もいなくて静かだったことがまた、心にくるものがあったように感じる。ここは静かな時間に来て、ゆっくりと見て回るとさらに良いかもしれない。当時のニュース映像など、いろいろと思い出した。行って良かったなと素直に思った、心に残る場所の一つである。




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