邪道【伏見桃山城】 記念メダル

 【伏見桃山城】は、かつて存在した「伏見桃山キャッスルランド」という遊園地のランドマーク的建築物であった模擬天守である。模擬天守とは、「史実に基づかいない再現天守閣」のことである。くだけていえば「大体こんな感じだったんちゃう?」的なノリで造ったオリジナルの天守閣である。この【伏見桃山城】は、現在では「伏見桃山城運動公園」という「伏見桃山キャッスルランド」跡地の公園で現存しているらしい。「伏見桃山キャッスルランド」が閉園する際に取り壊される予定であったが、地域住民からの強い要望により、遺されることになったという。存在しなかったオリジナルの天守閣であれど、そこに生まれ出でて、そして地域住民たちの愛によって、確かな存在理由が確立されたのである。「存在しなかったものが、その存在を認められた」という事実は、なかなかに感慨深い。歴史的意義とか史実とかいった論理的なものを跳躍した先に、存在意義というものが確立され得るということを示している。逆に言えば、いくら歴史的意義が深く史実を証明し得るものであろうと、それそのものに魅力がなければ、多くの人の目には止まらないという逆説的な意味合いも生む。博物館で当時物の刀やら武者の鎧やらを解説とともに見ても全く興味が惹かれない上に全てがほぼ同じに見えるのは、展示物そのものに魅力がないゆえである。

 つまり、中身よりも外見が大切だ、ということである。ゆえに、私はモテない。致命的なまでにモテない(中身もないのかもしれないが)。

 この「伏見桃山キャッスルランド」は、なんと1964年~2003年というおそよ40年もの間営業していた、老舗の遊園地であった(ディズニーランドだってまだ40年には達していない)。息長く続いていたが、USJなどの開業により経営に打撃を受け、閉園したらしい。しかし私の個人的な意見では、40年もの長きにわたってその存在を維持していたことの方が驚きであり、称賛に値する。絶え間なく移り変わる時代の変化の中で、地方にある遊園地としては、とても長生きした方であろう。そして、バブルよりもはるかに前の時代に造られたため、決してノリで造られた施設ではないということがわかる。だからこそ、長きにわたって存続を維持できたのであろう。

 ちなみに本物の「伏見城」は、全く別の場所に存在したらしい。しかも二つあった。

 築城したのはかの豊臣秀吉で、この城で隠居しようと考えていたとのことである。1代目伏見城は指月山と呼ばれる場所に建てられたのだが、大地震により倒壊した。この指月山伏見城は長らくその正確な場所が不明とされていたが、2015年にマンション建設の際に石垣が出土され、その場所が確定した。マンション業者の舌打ちが聞こえてきそうな事案である。

 その後、今度は木幡山と呼ばれるところに再建したのだが、かの関ヶ原の合戦の前哨戦である「伏見城の戦い」という城攻めの戦闘で焼失した。その後同じ場所にさらに再建されたが、近くには二条城もあったので、徳川が「伏見城、もういらん」と廃城にしたらしい。

 この記念メダルは、おそらく「伏見桃山キャッスルランド」で販売されていたものではないかと予想する。理由は当然、「伏見桃山城という城は存在しないから」である。もちろん「伏見城」も現存していない。また、「伏見桃山城運動公園」の【伏見桃山城】も、古い建物であり耐震強度の問題から現在では入場できなくなっている。

 なんというか、実に「記念メダルにふさわしい施設」であったといえるのではなかろうか。そこはかとなく漂うB級感。「伏見桃山城」といういまいちメジャーではない目の付け所。そして、「お城をテーマパークにする」という地雷的発想。

 記念メダラーとしては、閉園前にぜひ一度訪れてみたかったものである。

 ちなみに似たような施設に「伊勢安土桃山文化村」という施設がある。こちらは現在も稼働中である(リニューアルして「伊勢安土桃山城下街」という名前になったらしい)。

↓豪華絢爛な模擬天守。もちろんモデルは安土桃山城だ! ちなみにこの天守閣、宿泊可能なのである。【ゴジラルーム】メダルのようなノベルティがあれば、上級記念メダラーが泊まりに来ることだろう(公式ホームページより)。

 つわものどもがゆめのあと――を地で行くように現在でもそびえたっている【伏見桃山城】。機会があればぜひ一度訪れてみたいものである。老朽化により取り壊されそうだし。

 せっかくなのでぜひもう一度記念メダルを作っていただけたなら、全国の記念メダラーが「伏見桃山城運動公園」にこぞって訪れることだろう。関係者の皆様、もしもご覧になっていたらいかだでしょうか(絶対見てないと思うけど)。

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