2006年の中日ドラゴンズは、落合博満監督体制で2年ぶり七度目のリーグ制覇を果たした
年である。まだ落合がブイブイ言わせていた頃で、その分評論家や解説者からの批判も浴びたが、結果の伴うカリスマ性で我が道を突き進んでいた。私の友人に落合と中田(サッカー)をとても尊敬している者がいて、野球に無知な私に落合の偉業をいろいろと教えてくれたのだが、私はとにかく落合の息子・福嗣君が嫌いだったので、すごいなーともかっこいいなーとも思えなかった記憶がある。「ドラ息子」と「親バカ」という言葉をこれほど体現した家族は、日本広しといえども稀であったことだろう。当時テレビで福嗣君の傍若無人なわがままぶり家族の絆、家族の愛の形ではあっただろうが。
そんな福嗣君もいまではすっかり良い大人となり、結婚して子供ももうけ、なんと声優として活躍しているというのだから、私よりよほど立派な人生である
と認めざるをえない。敗北感ハンパない説。生まれで差がついたのか、努力で差がついたのか。
さて、2006年のプロ野球は、今振り返るとなかなか面白い出来事に満ちていた。
まず何と言っても、あの清原和博が「サヨナラ逆転満塁ホームラン(3点差)」を放つという偉業を達成した。当時はオリックスに在籍しており、巨人からオリックスに移籍した後の清原は、正直私のようなプロ野球に1ミリも興味がない人間には全く情報が入って来ず、たまにスポーツニュースなんかを見て少し話題に上ると「まだやってたんだ」とすら思ってしまうくらいの扱いであった。
そんな清原がこんな偉業を達成していたとは。三冠王などより、素人としてはこういうわかりやすい偉業の方が「すげー」と興奮する。そして、現在の転落ぶりを知っているからこそ、逆転サヨナラ満塁ホームランの映像を観ると、「栄枯盛衰」「盛者必衰」という言葉が浮かび上がる。登った階段が高ければ高いほど、転落は大きなものとなる。
また、阪神の金本知憲が「904試合連続フルイニング出場」の世界記録を達成した年でもある。金本のこの「連続〇〇出場」というのは実はいろいろあって、どれがなんだったかイマイチ分からなくなる。2004年がフルイニング出場の「日本記録」、2010年が連続フルイニング出場の「世界記録樹立」(要は記録が途絶えたのでギネスに正式に認定された)の年である
ちなみに最終的にはこの記録は1492試合となり、904試合からえらい記録の伸びようである。ちなみに「連続出場記録」(フルイニングではない)というのも持っており、こちらは2011年に達成した1766試合を記録している。プロ野球選手として云々の前に、労働者としてとても素晴らしい限りである。雨の日も風の日も体調の悪い日もなんなら手首を骨折していても一切休まず仕事で結果を出し続けた(手首を骨折しているときは片手でヒットを打った)のだから、スーパーサラリーマンである。見習わねば。できないけど。
中日ドラゴンズの優勝は10月10日決まったので、まあ例年通りの時期だと言える。日本シリーズは初戦に勝利した後の4連敗で敗退している。
こうしてプロ野球優勝の記念メダルについて書いているとよくわかるが、セ・リーグって本当に日本シリーズに弱い。人気のセ・リーグ、実力のパ・リーグという言葉は恐らく事実である。
中日ってほんとに日本一に届かないよね。
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