1988年の中日ドラゴンズは、星野監督体制2年目の年で、セ・リーグ優勝を遂げた年である(日本シリーズは西武相手に1勝4敗で敗北)。4月終了時点では最下位だったものの、7月末に首位を奪取し、10月7日にリーグ優勝を決めた。
この年の開幕スタメンには、現在では中日のレジェンドとなった立浪が、プロ野球史上でも稀な高卒ルーキーとして名を連ねている。私の世代はこの立浪が2000本安打を達成してブイブイ言わせていた頃が大学生くらいである。当時は野球場でアルバイトをしていたので野球にまったく興味がないのにそれくらいの頃の選手は印象に残っている。山田監督の時代である。どんな監督だったかはあんまり覚えてないけど。いやー、ほんと興味ないのよ、プロ野球……
また1988年のこの年、当時中日に在籍していた落合は自身初となる「6打席連続無安打」という自身ワースト記録を作るくらいのスランプであったらしい。しかしこれを聞いて私たちが思うのは「6打席連続無安打がワーストなの? 天才すぎね?」である。今でこそ横暴なGMといった印象のある落合だが、選手時代はマジ神の領域だったわけである。現在とは違った意味で恐ろしすぎる。
まったくの余談だが、大学生当時、バイト先では清掃業務にも携わっていたので、試合の翌日などに集めたゴミを集積所に持っていくと「試合中に折れたバット」が捨ててあることがたまにあった。バットには大抵選手の背番号が印刷されており、持ち主が誰かは調べればすぐに分かった(調べないとわからない程度の興味しかないともいえる。バイトしているのに)。興味がある人なら自分の家の家宝にするところであろうが、野球に興味がない誰もがまず真っ先に思いつくのが「ヤフオク等での転売」である。バイト先で文字どおり金になりそうなものが転がっているのだから、誰もが手に入れようと試合翌日にはなんだかんだ理由をつけてゴミ集積所に行きたがっていた。
しかし、野球の神様はそんな邪な連中の願いなど聞いてくれるわけもなく、不思議とそうした一品は純粋な野球ファンの手にと収まるものなのであった。私も一度だけこの「折れたバット」を手にできそうなことがあったのだが、私レベルでは名前も顔もわからないかろうじてベンチ入りを果たしている控え選手が恐らく練習中に折ったバットであった。だから、名前も顔も知っていてバットに書かれた背番号からその選手のことを私に説明してくれた野球大好きなバイト仲間に譲ったのだった。いざそうした物を前にすると、不思議と本当に欲している人のもとへ渡したくなる何かがある。これは性根がコレクターゆえの性であろう。私には全くわからない選手の折れたバットを手にして、心から嬉しそうな笑みを浮かべていた。我々記念メダラーに置き換えれば、あの青い自販機を見つけると隣にいる人が真顔で引くくらい興奮するときの様子と同じようなものである。興味のない者には全く価値がわからないが、興味のある者にとっては宝物なのである。
まっ、そもそも立浪クラスの有名選手が捨てていった野球道具は、ゴミ集積所のおじさんが誰よりも早く持ってっちゃうんだけどね〜
というか、そもそもゴミを持って帰って良いのかという問題がまずある。特に現在では時代がそれを許してくれなさそうな雰囲気である。私の幼少期は別に金に困っていなくても不燃ゴミ・資源ゴミ・粗大ゴミの日には近所の人がゴミ捨て場に使えそうな家電や家具を漁りに来るというのが恒例の光景であったのだが、今ではゴミ当番の人が立ち、プライバシー侵害の問題も含んで、日の目の当たる仕事をしている人にはとてもそんなことが許される空気ではない。そういう意味では、あのときバットを拾わなくてよかったともいえる。拾ってないからこそ書ける内容であるといえる。人気ブロガーだったらそれでも炎上しそうだけど。
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