邪道【1993 読売ジャイアンツ SPEED&CHARGE】 記念メダル

↑38ミリメダル(デカメダル)

 この記念メダルに関しては、詳細不明である。記念メダルに描かれているのは1993年にジャイアンツの監督であったあの長嶋茂雄である。長島体制2回目の1年目にあたる。

 この年のジャイアンツはセ・リーグ3位に終わっている。Aクラスといえど、「常勝軍団」と称される巨人軍にとっては更迭の要因となりうる成績である。しかもシーズンを通して一度も首位に立つことはなく、勝率も5割を下回った。この結果で続投だったのは、「長島監督だから」であったことだろう。

 メンツとしてもそうそうたるメンバーで、後に女性問題を反社会的勢力に1億円で解決してもらったはずなのに結局週刊誌にすっぱ抜かれたことでおなじみの「原監督」や、テレビで儲からないラーメン屋として何度もやり玉にあげられる「元木大介」、親の才能は引き継げなかったと言われがちだが実は学生時代もプロでもそこそこの実績を残している息子「長島一茂」など、往年の名・珍選手が揃っていた時代である。ただ、こういう話をすると、恐らく若者との間にギャップを感じることとなる。「一茂って、誰?」みたいな。我々世代にとっての「V9時代のことなんか語られてもわからないし」と同じ現象である。今の若者にとっての巨人は高橋由伸監督か、せいぜい原監督くらいであろう。

 長島体制下の巨人軍は「なんでも欲しがる長島さん」の異名で知られ、とにかく強打者の獲得にこだわっていた印象がある。そして、「野球は四番打者だけを集めても勝てない」ということを身を以て教えてくれたチームであった。ただ一方で、「メークドラマ」という流行語を生んだ年には、大逆転劇での優勝があるなど、とにかく話題に事欠かない監督であった。

 私は今でも、何か反則級にどデカイことが起こると「○○界の長嶋茂雄だわ」という比喩を使ってしまう。しかしこれを20代の若者に言っても、これ以上ないくらいに「は?」という顔をされる。彼らは「味の宝石箱や〜」がギリ通じる世代である。「バファリンの半分は優しさでできている」は通じないこともままある。ちなみに余談だが、最近知ったのだが、バファリンの優しさは半分どころではなくなったらしい。

 余談の余談だが、かつて学校の先生に「バファリンの半分はやさしさでできている。では、もう半分は何でできている?」という問題を授業中に出題され、真剣に考えてしまったことがある。私が薬の成分を一生懸命考えていたら、その先生はドヤ顔で「もう半分のバファリンだわ」とドヤ顔で言い、教室中が「ああ〜」という感じになった。そこで私は、「優しさが半分と、もう半分の成分を一つにしたものが『バファリン』なのであって、『もう半分のバファリン』というのは、『人間の3分の1は水分でできていて、3分の2は『もう3分の2の人間だわ』と言っているのと同じなのではないか?」と言ったら、「ああ。はい、それじゃあ次〜」とものすごく嫌な顔をされた。上に立つ人間は、痛いところを突かれた時、相手にしないことで自尊心を保つ。子供の正論に対して取り合わない親の姿が、まさにそれに当たる。こういう大人になりたくないとその時は思ったが、今現在の自分を考えると、そういう点は多分にあるような気がする。

 嘆かわしいことである。大人になるということはこういうことなのか?

 長嶋茂雄の話からだいぶ飛んだな〜

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