北海道【ニッカ余市蒸留所】 記念メダル

 NHKの連続テレビ小説『マッサン』の舞台ともなったニッカウィスキーの蒸留所である。私が訪れたのは『マッサン』が放送される前であったのだが、やはりそれなりににぎわっていた。というのも、この施設、入場無料なのである。ビール工場見学等も大抵入場無料なので、それにならったものであると思われる。ただビール工場見学との違いは、見学ツアーではなく、個人で見て回るスタイルである点である。なのでなんならササッとメダルを買って退散することもできるが、それはもったいないくらい良い施設であった。

 印象に残っているのは、「樽に入れてしばらく置くとあの琥珀色になるのだが、その原理はよくわかっていない」という解説である。色的には「樽の何かが染み出してんじゃね?」などと思うのだが、よくわかっていないらしい。まあ本気を出して調べればわかるのかもしれないが(あるいはもう判明しているかもしれないが)、最初にこの現象を発見した人は、すっかり琥珀色に変化した液体をよく飲もうと思ったものである。しかも味はもちろんウィスキーだろうから、私が第一発見者だったとしたら「うわっ! もう腐ってる!」と思ったこと間違いない。いや、今でこそウィスキーもそれなりに嗜むが、初めて飲んだときは「うわっ! 腐った味だ!」と思ったものである。

 他には、「認められた樽職人は世界に数人しかいない」とか「ウィスキーができるまで」などの情報盛りだくさんであるが、一番の目玉は「ウィスキーがタダで飲める」であろう。私はクルマで訪れたので、アップルジュースを飲んで終わったが。。。

 私はビールが大好物なので、ビール工場にも記念メダルを置いて欲しいなぁと切に願う次第である。

 全くの余談だが、余市といえば、私の中ではヤンキー先生こと義家弘介の『ヤンキー母校に生きる』である。あの不良高校の舞台となったのが「北星余市高校」という全国の中退者や不登校の高校生を受け入れる私立高校で、この場所の近くにあった。

 実は義家弘介がまだ現役でこの高校で教員をしているときに、大学のとある講義で単位になるということで、講演会を聴きに行ったことがある。そのときの内容は今でも結構覚えていて、なかなか感動というか琴線に触れるものがあったというか、自分の中で印象深いものとなった。この学校の取り組み云々や学校としての在り方に共感を覚えたわけではないのだが、少なくてもヤンキー先生がやっていることはすごいと思ったのである。

 それだけに、教員を辞めて横浜市教育委員会の所属となったときは、なんだかガッカリしちゃったのよね~まあ人の人生なので、是も非もないのだが。ただ、私の心が揺さぶられたのは「最前線に立つ現役教員の言葉」だったからであるのは間違いなく、仮に、政治家となった今、過去の栄光のようにあの頃のことを同じ言葉で語られたとしても、たぶん何も感じないだろう。

 少し話がズレるようだが、私がよく思うのは、「育児書を書いた人は、最高の育児ができるのか?」ということである。教育でいえば、教育学の研究者は、自分の考える最高の教育をぜひ現場で実践すればいいのに、とよく思う。むしろ、なぜしないの? と。

 教育学者の尾木ママが、「わたし自分の子供の教育は失敗しちゃったのよ~」と何ら悪びれる様子もなく語っているのを見たことがあるのだが、それで良いと思っているのか? と素朴な疑問に思ったことがある。言っていることとやっていることが違うというのは、社会人生活の中で、最も信頼を失う行為の一つであると考えるのだが。

 話を戻すが、ようは「実際にやっている人の言葉だからこそ響く」というのはよくあることだと思うのである。逆に「口だけの人は白ける」というのもよくある。義家弘介は、かつては実際に最前線に立ってはいて、しかもそのときの言葉は説得力のあるものだった。だが、結局は正味5、6年程度しか教員をやっていなかったことになり、それはとても寂しいのである。やっぱり辛かったのかな? 転職したかったのかな、と。

 もちろん志が高いからこそ選んだ現在の道であるとは思うのだが、講演の感動が大きかっただけに、なんだか腑に落ちないという個人的な感情。それをここに書くわがままな私情。1/3の純情な感情。

 近年では大幅な定員割れにより廃校の危機に瀕しているという同高校の動向をなんとなく気にしている。




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