五木ひろし初体験な私
「五木ひろし」ほど名前は知っているが他に何も知らない人物はいないのではないか——今、私が直面している状況は、これである。
【五木ひろし ありがとう20年】とは、1991年に横浜アリーナで行われた五木ひろし20周年コンサートのことではないかと思われる。「限りなき愛の讃歌」というライブ名が付いている。「限りなき」という形容詞が「愛」と「讃歌」とのどちらに修飾するのかちょっとわかりづらいライブ名である。限りがないのは「愛」なのか「愛の讃歌」なのか(言うことがなさすぎてどうでも良いことで字数を稼ぐ図)。
私は演歌のことも五木ひろしのことも何も知らない。五木寛之の方がまだ知っている——と思ったら、五木ひろしは五木寛之からマジで文字った芸名だということを知ってこれを書いている現在進行形でびっくりである(ちなみに五木寛之は作家です)。「いつきひろ」まで文字っているのは、言ってみたら「ニッチロー」とか「つんつく」とか「パイパニック」とかと同じレベルの真似様ではあるまいか(最後の一つなんかジャンル違う)。いや、別にいいんだけども。
以下、私が五木ひろしについて浅〜く調べて知ったこと一覧。
・めっちゃ改名している
・セミヌード撮影をしたことがある。
・金正男が五木ひろしのファン(五木ひろしにとってのもらい事故)
現場からは以上です!
五木ひろしとのニアミス
とかなんとかしょうもないことを書いているうちに思い出したのだが、私は五木ひろしとニアミスしている可能性があった。といっても都市伝説レベルでだが。
五木ひろしは、愛知県名古屋市を流れる矢田川沿いにそびえ立つ「ザ・シーン城北」という、完成当時「日本一高い」(値段も高さも)と謳われた高層マンションの最上階に住んでいるという噂があった。
90年代半ばに完成したマンションなので、現在ではやはり滲み出る古臭さは否めない。が、現在でも名古屋市北区の矢田川沿いを通れば、ランドマークとしての存在感抜群でそびえ立つ姿が見られる。東京都心の高層マンションと違って見下ろすであろう景色がのどか過ぎるゆえに、ピッチ上のメッシ並の存在感である。
で。
実は私、この矢田川沿いの堤防道路が大学時代の通学路であった。そのため、日夜行われるネズミ取りに怯えながら、毎日この「ザ・シーン城北」の横を原付で通っていた。そのためネズミ取りに捕まる可能性が大だった。というか、
捕まった。
「止まれ」と書かれた旗を持ったおじさんが物陰から出てきた。私はこの時、生まれて初めて交通違反の取締りを体験したので、マジで「ただ一時停止を指示されている」だけで横からトラックか何かが出てくるための停止だと思い、信号待ちの如くしばらくその場で待っていた。それをふてぶてしい態度だと思われたのか、怒り足で近づいてきたお巡りさんにめっちゃ詰められたのも今では良い思い出である18の冬。
書類を作成するために乗り込んだ警察車両のハイエースから見る夕暮れで真っ赤に染まった「ザ・シーン城北」は、非常に雄大で、優美であった。その姿を見て、数日後、私は決心するのだった。
バイクの免許を取ろう
と。
そこで数日後、自動車学校に入校に訪れたわけだが、その自動車学校というのが「ザ・シーン城北」の隣にある「あいち自動車学校」であった。これを言い換えると、取り締まり現場でパトカーハイエースが隠れていた路地に左折したところにある自動車学校と言い換えることができる(実際はもうちょっと細かい道順で自動車学校に着くけども)。
何の因果か私は結果的にこの自動車学校で「中型二輪→普通自動車→大型二輪」と立て続けに免許を取得することとなり、長期間通うことになった。自動車の路上教習では、件のネズミ捕り現場を通るときには、私に激おこだった物陰に身を潜める「止まれ」旗を持ったお巡りさんに、自然と、そっと頭を下げる私がいた。
あなたのおかげで、今の私があります——と。
そしてそんな様子を、五木ひろしは「ザ・シーン城北」の最上階から、『千曲川』を口ずさみながらそっと見下ろしていたかもしれない。視線の先に流れている川は矢田川だけども。
そんな私と五木ひろしの関係です
(関係ない率99.99999999……%)
記念メダルについて
「純銀」とどどーんと書かれているので、純銀製である。純銀の洗礼として、購入した時点ですでに変色していた。純銀メダルといえば言わずと知れた【東京スカイツリー】であるが、そのせいで「純銀メダル」=「重荷」のイメージばかりである(【スカイツリー】=【重荷】でもある)。
恐らくコンサートのグッズ物販で販売されたものだと思われる。いくらで販売されていたのかは不明であるが、純銀メダルを買うなんて、相当な五木ひろしファンか、相当な記念メダラーであったことだろう。しかし後者の可能性は0.01%くらいではないかと思われる(当社比)。
現在の著名な記念メダラーの方々でさえ、「純銀製記念メダルを購入するためだけに五木ひろしのコンサートに行く」という猛者はいかほどいるだろうか。元から五木ひろしのファンであるならばそれこそ「渡りに船」(演歌のタイトルっぽく)であろうが、完全な偏見かもしれないが、コンサートに行くほどの五木ひろしファンは、きっと記念メダルになど興味が無いような気がする。まったくエビデンスはありませんが。
図柄としては「サイン」と「20周年のロゴ」でシンプルな構成であるが、意外と悪くないな〜と感じている(どことなく上から目線)。
サインを描いたデザインって意外と少ない気がする。というか、パッとは思い付かない(何かあれば教えてください)。
アイドルグッズ等で流行り出したら、記念メダラー達にとっての収集はより大変なものへと変貌することだろう。一方で、記念メダルに対する認知度の高まりみたいな観点では流行することが望ましい分野でもあるとも思われるので、どちらを望むかは記念メダラー各々の愛の深さが試される事案かもしれない。というか、流行ってないからそんな心配無用だと思うけども。
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