神奈川県【横浜マリンタワー】 記念メダル

横浜マリンタワー 記念メダル
横浜マリンタワー 記念メダル クレイジーケンバンド

【販売場所】
@2階ショップ横(無料エリア)
備考:販売終了リスト掲載。が、タワーショップの運営会社が変更されて復活した模様。タワーのリニューアル工事後に新メダルに入れ替え。

夢を追いかけて

横浜の海を見守るマリンタワー。【銚子ポートタワー】とはロケーションがエラい違いだぜ!

 私の人生において最も後悔していることは「挑戦しなかった」ことである。

 高校受験も大学受験も就職も、”本当に行きたかったところ””本当になりたかったもの”は叶わず、現在に至る。その代わりに、ほぼ一発で(ある意味では)道を切り拓いてきたので、挫折という挫折はない人生であったとも言えるかもしれない。

 しかしそれは、つまりは安パイを切り続けた人生だったということだ

 自分の行きたかった場所、なりたかったものに本気で挑戦することがなかった人生は、心残りを解消できないまま送る人生であるといえる。なりたかったものに挑戦すらしなかった余生は、ずっと”なりたい想い”を抱えたまま別の道を歩み続けなければならないことを今、痛感していて、そしてこれからもその想いを漠然と抱き続けながら”自分が歩まなかった道”を遠くの方からぼんやりと眺め続けながら歩き続けることになるだろう。

 挑戦は、するだけで尊い行為であると今は思う。

 タワーの麓で、一人の若い女性シンガーが歌っておりまして。

 夢に向かって今まさに挑戦しているその姿は、私から見れば神々しくすらあった。

 私ができなかったことをやっているこの時点ですでに、私が歩めなかった道を歩んでいるといえる(別に歌手になりたかったわけではないですYO!)。

 挑戦が挑戦だけで終わらずに大成する未来というのももちろんあって、まだ若いこの女性が、自分の思い描いた未来を自分の力で手にする可能性は大いにあるし、そうなることを願っている。”挑戦するだけで尊い”は決して皮肉で言っているのではなく、この場にこうして立っているだけで、いつでも就ける職業に挑戦することなく就いてしまった自分からしたら、純粋に、キラキラしてるなぁと思ったことを混じりっ気なく伝えたいだけである。

 門外漢の分野なので一体どういう力が必要なのか皆目見当もつかないが、とりあえず生歌はたいへんお上手でした。

マイクの位置ってこれくらい高くするものなんですかね?
録音用ガンマイクを本人に向けるのかスピーカーに向けるのかは非常に悩ましい問題っぽかったです

 ”迷っている2択があるとき、反対された方の道を選ぶべきだ”というのはあくびが出るほどよく聞く理屈である。なぜなら、学校の先生や両親が勧める道は常に「安心・安定」が第一優先であり、もう一方の道は「反対されるとわかっていても自分が進んでみたいと思う道」だからである。

 ただ私の場合は、自分が選んできた「安心・安定」の選択を他人のせいするつもりは1ミリもない。自分の意思で安心・安定を選んできた自覚がある。挑戦するよりも安定させることに心血を注ぐという「そのエネルギーを挑戦することに注いでいたらもう少し華やかな人生だったんじゃないの?」というくらいの気概で安定を目指していたように思う。投資よりも貯金を一生懸命するタイプだね!

WEBの研究をしていると、右隅のトランクの上にある「投げ銭入れ」を配置する位置によっても収入が変わるんじゃないかとABテストをしてみたくなる。

 しかし、”安定への渇望も度がすぎると安定しない”というとんちみたいな話の一例が昨今の物価上昇であると言える。「得することはなくても損することもない」と考えてシコシコと貯めていた貯金が、貯金額は変わらなくてもその”価値”が自動的に目減りしている現在の日本のように、現在ではちょっと人生にジリ貧を感じている次第である。

 安定の先に、安定はない。

 そんなことを考えながら、横浜の海街でキラキラと歌い上げる女性を見ながら、左手のダンボーを握りしめたのであった。

自分の人生に挑戦する道を選んだ若き才能が大成することを祈っております。
「僕がもっと大事だなと思うのは、うまくいくかどうか全くわからない、むしろたぶん失敗するという中でも、とりあえず足を踏み出してしまう意味不明な勇気をどう持つかということじゃないかということ」
なんか未開封のおにぎりが落ちておりましたよ

よこしまな道をゆく

 タワーの麓で思わぬ人生を考えさせられる事態に遭遇したので、言葉にならない満足感を得た一方ですっかり気力体力が削ぎ落とされてしまい、結論からいうとタワーの展望室へは上がらなかった次第である。これは最近の私ではかなり珍しい行いであり、記念メダル収集においてはもちろん邪道であると考える。いや、別に記念メダルをどう集めようと他人からとやかく文句言われる筋合いはないし、いちいち他人の集め方にまで口を出すというコスパの悪い手間をかける人ほどきっと人生に満足してないだろうなぁと思うのだが、「まあ邪道は邪道じゃん( ・∇・)」という厳然とした事実はある。邪道であることが悪であるというわけではないだけで。むしろ私は邪道である方法とか、人と違ったことをすることの方に価値を見出すタイプである。【横浜マリンタワー】の展望室に登らなかったことには別に何の意味もないが。

登らなくてもSHOPに来れちゃう
登らなくてもメダルが買えちゃう
入らなくても出口に来れちゃう、これ如何に。

なんだろう、この罪悪感
( ゚д゚)

 根本的に考えれば、たとえ展望室へ登らなくても「SHOPにお金を落とした」という点で【横浜マリンタワー】を見上げただけで素通りした人よりも売り上げに貢献したといえる。だからこの罪悪感は決して【横浜マリンタワー】に対して抱いているのでなく、手にした記念メダルに対して抱いているのだと考えることができる。

 よく言われる「記念メダル」の”記念”の部分である。そこに”記念”はあるのか、と。

罪悪感から、せめて無料エリアのものを無理に味わい尽くそうとするのもちょっとした記念メダルあるあるだと思います。

 しかし私はタワーの麓とはいえ、この日この場所でしか体験できなかった濃密な時間をすでに過ごしている。そういう意味では立派な”記念”がすでに込められているといえる。この【横浜マリンタワー】の記念メダルを目にするたびに、私はこの日この場所で若き才能の歌声に触れた思い出を蘇らせるだろう。

 ただ同時に、そこには”タワーに登らなかった”という記憶もまたセットで呼び起こされるのである。そして「◯◯しなかった」という記憶は、多くの場合”後ろめたさ”を伴うものであるといえる。

 そう、つまり「◯◯しなかった」という後ろめたさが罪悪感の元凶なのである。やろうと思えばやれたのに、しなかった——それこそが、この問題の根底にある後ろ暗い感情の源泉なのだ。

 これはそのまま、上記で述べた「挑戦できたのにしなかった自分の人生への後悔」にも通ずるものなのかもしれない。ヒトは、やれるのにやらなかったことに対して自己嫌悪を抱き、自己肯定感を下げる要因となる。

 私は「やらないで後悔するよりも、やって後悔する方が良い」と我が物顔でうそぶく大人を信用しないことにしている。やってしまったがタメに取り返しのつかない事態になることが大人の世界にはあり、さっきのセリフを平気な顔で言ってくる大人は、それで大変な事態が引き起こされたとしても大抵平気な顔して責任は取らないからだ。選んだのは自分の責任でしょ、と。

芸術が爆発してますな(訳:一般人にはちょっとよくわからない)

 また、何ならやらない判断ができることこそ優秀さの表れである場合というのも少なからずある。詐欺に引っ掛からなかったとか、断りづらい怖めの先輩から誘われた失敗事業に参画しなかったとか、周りに流されず待機したことが最善の選択だったとか。

 つまるところ「やるやらないの判断が的確にできて、判断を誤ったと思えばすぐに修正ができる」というのが最強であり、物事は必ずしも”やる優勢”ではない。しかし一方で気持ちの面では”やっておいた方が自分が納得しやすい”というのも紛れも無い事実である。実はやろうがやるまいが同じように後悔したかもしれない事案であっても、自分の意思でやったならば能動的な分、腑に落ちやすいというのはあるだろう。この「タワーに登っておけばよかったのか」問題も、別に昼間の展望タワーなんかに登ったところで得るものなんてほぼ何もないだろうというのが数々のタワーに登ってきた記念メダラー諸君にはご理解いただけるところであると思うのだが、登っておけば少なくてもここでグダグダの駄文を書き連ねることはなかったのかもしれないとも思うのであった。

これはセコムしてるのか、してないのか

 だからむしろ、この問題ではやるかやらないかというよりも”やり残したことがある”という点が不完全な気持ちを醸成しているのかもしれない、と推察できる。登らなかったおかげで入場料1200円を節約することができたのだが、代わりに”やり残したこと”を抱えるハメになった。「1200円」と「やり残したこと」を天秤にかけると、やや後者の方が優勢になるのは、多少の金銭的余裕を得た現在であるからだろう。貧乏大学生の時ならまた違った感覚だった可能性は大きい。

 「1200円」というのは数ある展望タワーの中でもお高めのお値段である(【スカイツリー】とかは別格として)。すぐそばの中華街でボリューム満点で美味い豚まんを食べてお釣りが来るお値段であることを考えれば、どちらがより幸せかというのはなかなか難しいところである。が、【横浜マリンタワー】の展望室に登るか登らないかでいえば、思い残すことのないよう登っておいた方が良いだろうなと、記念メダラー諸君にはお伝えしたい。この点は記念メダルの根底にある性質的な問題よね。私もどちらかといえばかつては旅重視派かメダル重視派かといえばメダル最優先派であったので、行ったことのない場所のメダルもヤフオク・メルカリでガンガン購入していた。それがいつしかいつの間やら原点回帰して自分の足でメダルスポットを巡るスタイルに立ち戻っていて、たとえ無料エリアに販売機が設置されていようと自然と必ず入場するようになっていた。そこに記念メダルに刻む思い出を求めて……

それなのに結局登らずに帰ったんだけど
( ・∇・)

 しかも、リニューアル前の9年前に来た時も、たぶん登ってないんだよね……ナゼ?

これ、面白そうだった

記念メダルについて

ラインナップ(2024年5月現在)

 【横浜マリンタワー】は二度の改修工事を経て現在に至っているのだが、リニューアルの度に記念メダルもリニューアルされてきた歴史がある。ただ最新のメダルリニューアルは、タワーのリニューアルと同時に行われたわけではなく1年くらい経ってから行われたので、リニューアルオープンと同時に喜び勇んで足を運んだ古参の記念メダラー泣かせであった。ただ一方で、ここ数年で記念メダル収集を始めた記念メダラーにとっては旧メダルを入手できる期間が1年あったことにもなるので、どちらが良いのかは難しいところ。

旧メダルの在庫が捌けたから新メダルに移行したのではないかと予想。

 またここは記念メダルに割と積極的な施設で、かつては「クレイジーケンバンド」とのコラボメダルを数種類発売した歴史があるなど、コンプリートするのは結構難しい。私にとっても「何であの時買っておかなかったんだ……」という後悔がまざまざと残る、印象深い場所である。販売は終了したものの「クレイジーケンバンド」のグッズ展示コーナーにしばらくコラボメダルも展示されていて指を咥えて見た記憶があり😢

 デザインとしては、秋の【横浜マリンタワー】を麓から見上げると視界にちょうどイチョウが映り込むらしいので、その描写を模したのではないかと思われる。この新メダル発売の時期ともちょうど合致するしね!

シンプルだけれども玄人好みの良いデザイン

 気になったのは販売機の設置位置がショップの端の端だったことくらいかね〜

 出口から出て視界に入れることすらせずに去っていくお客さんも多数いるのではないかと思われる。

そんなにはじに追いやりますかね? という位置

 まあこれが世の中から見た記念メダルの立ち位置だということで。

 もうちょっと中央寄りに設置してもらえるように、記念メダラー一同頑張っていきましょう。

何となく中国語モードにしてみた刻印機
「緊急停止」ってそのまんまなんすね




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