邪道【進撃の巨塔 attack on SKYTREE】 記念メダル

進撃の巨人記念メダル
進撃の巨塔記念メダル台紙

同梱されている台紙

地獄の展望回廊メダルループの始まり……

記念メダラーは、基本的には記念メダルの新発売には心躍るものである。「このイベントで記念メダルが発売されるそうですよ!」「あの場所についに記念メダルが!」といった肯定的な言葉でもって、新発売は迎えられるものである。

が。

【東京スカイツリー展望回廊特別展】に関しては、「またか……」的な雰囲気がどことなく漂う。それは圧倒的な絶望にも似た感覚ーーまるで、外壁の外には人類を圧倒する巨人たちが跋扈し自分たちが籠の中の小鳥に過ぎないことを思い知らされながら生きている感覚。

と、そこはかとなく『進撃の巨人』に乗っかってみる。

絶対思い付きで描いてるところあるだろ〜と思っていた『進撃の巨人』

マンガ『進撃の巨人』と個人的な関係としては、最近の話にはついていけてないが、それなりには読んでいる、といった感じである。

読んだきっかけは、「このマンガがすごい!」大賞を受賞したことである。受賞に至るまでももしかしたらそれなりの売り上げがあった作品なのかもしれないが、少なくても私の周囲ではこのマンガを知っていた者はいなくて、全然知らない作品が受賞したので俄然気になった次第である。

読んでみた第一印象としては「確かに面白いけど、そんなに話題になるほどか?」というのが正直なところであった。そしてこの感想は今もって変わっていない。面白いけど、これほど世の中にカリスマ的に受け入れられてヒットしつづけいている要因がちょっとわからない。私としては同じ受賞作品でも『ダンジョン飯』の方がよほどエンターテイメント展開しやすい良作に思えるのだが。

当時一番気になったのは、画力がイマイチだった点である。そしてこの感想は今もって変わっていない。テレビアニメとなって美しく描き直されているからキャラクター商品展開できているが、原作の絵のままであったならおそらくこの記念メダルも成り立っていないのではなかろうか。まああの絵だからこそ味があって独特の作風を生んでいる面もあるとは思うのだが、アニメ化され、美しいタッチとなったエレンやらミカサやらリヴァイやらを見て、改めて「画力イマイチだったんだな」って思っちゃったのよ。はい。(ただ、「このマンガがすごい!」大賞を受賞していなければ、画力に関して別に何も思わなかったとも思う)。

また、もう一つ気になった点としては、「絶対そんなに細く考えてストーリー進めてないだろ」と思うような展開が多々見受けられた点である。特にストーリー初期には顕著で、コミックの幕間に「現段階で公表できる情報」みたいなコーナーがあって、作者自らがいろいろなことを解説しているのだが、それを読むと結局どれもこれも中途半端で、どうにもこうにも考えが浅そうなのである。勢いで描いているだけなのが伺えるような解説で、こんなんならこんなコーナー作らない方が良いのではないかとすら思った。

が。

最近の話では、そんな広げに広げた大風呂敷を回収しつつあるので、すげーなーと思う(小並感)。ただ回収しつつも、回収の仕方が広げた風呂敷をさらに大きな風呂敷を広げることで包み込むようなやり方なので、いったいこれをどう収拾つけるのかと、期待もありつつ不安にもなるそんな純情な感情。どうやって収めるのか本当に気になるところ。詳しくはぜひ原作を読んでいただきたいところだが、どうしても言いたいことは、世界観の広がり方が『HUNTER×HUNTER』とまるで同じであるこということ。そしてーー巨人を相手にしていたときの方がまだ良かったねということである。げに怖ろしきは、人なり。念能力ありき(HUNTER×HUNTER)、悪魔の実ありき(ONE PIEACE)、巨人になれるありき。

もう一つーーストーリー上で昔から囁かれていることに言及すると、「ループ説」である。これは、主人公の幼馴染で「ミカサ」というヒロインがいるのだが、このミカサがところどころで物語のループを匂わせる発言をすることを端に発する説である。「また……この繰り返しなの……」とか「今度こそ……私が助けるから」みたいな。そして極め付けは、連載第一回目のタイトルが「二千年後の君へ」なのである。二千年っていったら、日本だったら石器持ってウホウホ言っていた時代から現代までの飛躍があるぞ。

更にループ説の根強い根拠となっているのが、コミックス各巻の表紙である。全てではないのだが、大半のコミック表紙が「実際のストーリーでは起こり得なかった場面」を描いているのである。例えば、実際のストーリー上では間に合わなかったことが「間に合った場面」になっていたり、本来は死亡した仲間がその後のストーリー展開を思わせる場面で生きて描かれていたりといったことが表紙で描かれているのである。これらは「間違った選択をした場面」で、その後うまくいかなかったから(要は主人公が死亡するか敵に捕らえらるかしたから)、ミカサが「ループを発動」し、やり直して本編のストーリーとしたのではないかという説である。ポイントは「あくまで主人公エレンを中心としたループ」であり、極端な話、エレンを無事にするためなら他の仲間は死亡しても良いという選択を選んでいる(という解釈になる)点である。主人公エレンへのミカサの異様なまでの執着は物語序盤から一貫して描かれており、初期の頃はそれを単なる恋心のように読み解いていた読者も、ストーリーが進むにつれて単純な話ではないと感じるようになってきた。

ヒロイン・ミカサの数々の言動やこのコミック表紙の描写から、ループ説は半ば公然のこととしてマニアの間では通説となっているようである。そして現在、そのループは記念メダルにまで及び、「展望回廊メダルループ」として記念メダラーたちの財布を苦しめ続けているのであった(のっかった!)

思い付きで描いてるやろ〜と思っていた物語も、初期にばら撒きまくった伏線を最近になって丁寧に回収しつつあり、それに伴って物語のスケール感が想像したこともないほどに壮大になっている。画力の問題も、長期連載となったゆえに自然と向上しているという、まさに昇り調子な作品である。

今なら、今こそ、「このマンガがすごい!」大賞にふさわしい作品であるといえる。10巻くらいまでで作品から離れてしまった人には、今こそ読み直してほしいものである。

記念メダルについて

スカイツリー展望回廊記念メダル

あの時、君はいなかった……

【スカイツリー】×【展望回廊特別展】コラボメダルの先駆けとなった本メダル。スカイツリーを生かしたデザイン性の良さもこのメダルから始まったといえる(本来2種類あるが、私は1種しか所有していない)。ちなみにこのイベントの前に展望回廊で開催された「りぼん展」というのに行ったのだが、そのときはコラボメダルどころか、展望回廊限定メダルもなかった。

デザインが良いだけに、悪かった時の落胆もデカいという諸刃の剣な要素もある。現在開催中の『ドラゴンボール超』のメダルがイマイチな評判なのは、「スカイツリーコラボメダルはデザインが秀逸」という期待感の裏返しでもある。ヒットを打ち続けることは実に難しい。イチローってすごいよね(そこかい)。

同梱の台紙を見ると、超大型巨人がスカイツリーと同じくらいの大きさで描かれていて、超大型巨人のデカさが現実感を伴って実感させられる。こんなんが攻めてきたらまじ絶望ですわな。

人気マンガを選択したところや、「巨人」と「巨塔」を結びつけた点も本イベント自体がうまくいった要素であると思われる。そこに記念メダルのデザイン性の良さも加わって、『進撃の巨人』マニアだけではなく、記念メダラーをも取り込むことに成功した。まあ絶対数は圧倒的に「記念メダラー」<「進撃の巨人マニア」でしょうが〜

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