邪道【第28回国民体育大会 若潮国体 1973年】 記念メダル

 【若潮国体】は1973年に千葉県で夏季・秋季大会として開催された国体である。夏季――ということは、えっ、国体って冬季大会もあったの? っていうくらいの国体に対しての無知レベルな私。冬季は岩手県と新潟県で開催されたらしい。ちなみに夏季・秋季も、「夏から秋にかけて」と連続性のある開催ではなく、「夏季大会」「秋季大会」と明確に分かれて開催された。夏季大会は水泳、ボート、、ヨットの三競技のみで、我々がイメージするいわゆる国体は秋季大会である。総合優勝はもちろん開催県である千葉県である。

 2006年から夏季と秋季が一本化したらしい。しかし、水泳などは寒いからか「会期前競技」として先行して実施されているようで、その辺の優柔不断さというか、割り切れなさがいかにも日本人らしいなぁという感想。私も日本人なのでそうした斟酌は常にするのだが。

 事実よりも、言葉(建前)の問題で左右される日本人なのである。

 国体はその存在意義がよく議論される。理由は簡単で、一般人には全く馴染みがない大会だからである。もう少し言葉を付け加えれば「馴染みが全くないのに金が掛かるイベント」だからである。国体は各県の持ち回りで開催されているので、「何年後に開催地となるか」がはっきりと分かる。そのため、「20〇〇年国体開催!」みたいな横断幕がとんでもなく前から掲げられていることがある。昔、サッカーの合宿大会に参加したとき、岐阜県飛騨市のめっちゃ気持ちいい芝のサッカー場まで遠征したことがあるのだが、「2012年岐阜清流国体サッカー競技開催地!」という横断幕が掲げられていてビビったことがある。理由は二つである。

 一つは、「えっ、もう?」というくらいアピールが早かったこと。

 もう一つは、「国体ってアピールするものだったの?」ということ。

 思えば、私が「国体」という大会の存在自体に多少なりとも興味をもったのは、この時からであるように思う。もちろんそれ以前から「国体」というイベントが自分のあずかり知らないどこかで誰かがやっているものだという知識はあったが、「あっ、ここまで県が開催をアピールするもんなんだ」という驚きがあった。アピールしても「国体があるから岐阜県に行こう!」とはならないんじゃないかという疑念とともに。

 国体は毎年どこかしらで開催されているにも関わらず、そのアピールは東京オリンピック開催並に早い。つまりそれくらい早く行政は動き出しているということであり、動き出しているということは県の予算が組まれているということであり、県の予算が組まれて動き出しているということは県職員の人員が割かれていることである。そして、人件費というものは、どのような支出よりも高いものである。人が二人割かれれば、それだけで年間一千万円近い費用となる。省庁だけでなく企業であっても「お昼休みは消灯」とか「紙の節減」などと費用削減、節減に努めている場所は多いが、紙や電気を節約するより、人を一人減らす方が圧倒的に「経費節約」になるという厳然たる事実がある(環境問題は置いておいて)。全社員による1年間の汗の滲むような電気代の節約の結果より、新入社員一人の年収の方が圧倒的に高いことだろう。「リストラ」というものが、企業立て直しの特効薬として使われる所以である。

 人が動くことが実は一番金が掛かる――そう考えると、「国体」に関する費用は、初動が早ければ早いほど高くなるという理屈となる。その辺は経費に計上されないだろうけど。大会設備の整備費用などに目が行きがちだが、「国体」というものがもしもその意義を見出されなくなり消滅する運命となれば、理屈の上では数年分の浮いた人件費や単純に「人手」の分、住民サービスは向上するはずである。もちろんそんな風にはまったくならないだろうけど(・∀・)

 では「国体なんて無くせば良い」となるかというと恐らくそうはならないのが人間心理の神秘である。私は「国体」というものを一度も生で観戦したこともなければテレビで視聴したこともないし、なんなら「見よう」と思ったことすらない(あるいは「見たい」と思ったことすらない)。にも関わらず、もしも消滅するという話になれば、「別に無くすまでしなくても良いのでは……」なんて意見を抱いてしまうだろう。これは恐らく、日本人の大抵の人と共通の境遇であり、共通の思いであると考える。みんな見たことも見たいと思ったこともそんなにないのに、いざ無くすとなったとき、直接に意見を求められれば「いや、でも、意義あることだったのでは……」なんて言ってしまうこと請け合いである。そんなことない?

 かようにして、一度始めたことをやめるというのは、実に難しいのである。そして、アマチュアスリートにとっては、そこを目指す人もいるほどの意義あることでもある。こうして「国体」は存続していく。各都道府県は47年周期の持ち回りでその分の予算を計上していく(冬季もあるとなるとその半分の周期となるんすかね?)。

 無くさないならば、あるいは無くせないならば、もっと盛り上がる施策が必要なのかもしれない。何も思い浮かばないけど。




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