東京都【台場一丁目商店街】 記念メダル

台場一丁目商店街 記念メダル カラー
台場一丁目商店街 記念メダル お台場
台場一丁目商店街 記念メダル オート三輪

【販売場所】
@たこ焼きミュージアム前
備考:「販売終了リスト」に掲載されいているが、オーク系として復活を遂げた。10年以上前に。

昭和の街並みというかポケカとワンピカードだわ今や

雰囲気は昭和レトロなのだが、中はIPコンテンツゴリ押しな店が半分、駄菓子屋半分って感じ

【台場一丁目商店街】は、簡単にいえば東京お台場【フジテレビ】の斜向かいくらいにある施設である(ジョイポリスの上)。戦後直後くらいの昭和をテーマにしており、かつてあった昭和レトロブームの影響から生まれ出づった施設なのかしら。もちろん真相はわからない。

 昭和をテーマにしているだけに中は駄菓子屋やくじ引きなど「昭和」と聞いて真っ先に思い浮かぶような思い出ぽろぽろなお店もごく少数軒を連ねているが、現在では「トレーディングカードショップ」や「高額ガチャガチャ」、「高額商品ミニクレーンゲーム(ゲーセンではなく高速のSAや小売店の隅に設置されているようなヤツ)が居並んでいた印象が強い。なんというかヴィレヴァンとドンキを足して3で割ったような感じである(なんじゃそりゃ)。

ゲーセンとは違った形でのクレーンゲームの乱立
ガチャもトレカに関するばかりであった。
絶対、期間限定せずにいつも1000円だと思う。
トレカ自販機って考え出した人が天才だと思うわ。
何故かは知らないけれど店頭にポンと山積みでカードストレージを置いているよりもまとめて買っていく人を見かける。
人件費を掛けなくて済むのが売りな店は記念メダル販売機と同じですな。
こういうのでアタリが出ることはないとあたい信じてる。
1000円ガチャには聖地があるらしい。
ajidesuのTシャツって何気に根強く生き残ってるよね!
中学生のとき京都の土産屋で売られていたのを見てから幾星霜
ちょっと変わり種のお店。
正確にはガチャとは一線を画すのかもしれないが、やっていることは一緒といえば一緒。
お値段以上の景品を夢見て箱を選択する。

 この辺はブームよね。高速のサービスエリアや観光地にも静かにはびこっているミニクレーンゲーム。ポイントは、従来のぬいぐるみやキーホルダー等ではなく、高額商品への引換券や、レアリティの高いトレーディングカードが入っているかもという売り方な点である。いわゆる射倖心を煽るマシーン——つまり効率的に金を巻き上げるマシーンなわけである。

 さらにいえば、近年はやはり「トレカ」はブームな気がする。特に「ポケカ」はポケポケの大ヒットによって、一時期のバブル的な狂乱はないものの、私が毎朝通うコンビニでは毎月ポケカの新弾が発売されるたびに山積みになったボックスが数日ですぐに売り切れている。

 根っからのオタク気質な私も実は「遊戯王」とか「ポケカ」とかを多少やってみたことがあり、そのゲーム性は実はかなり面白いと感じている。ハマる人の気持ちは非常にわかるし、感覚としては将棋や囲碁等の知的な対戦ゲームにかなり近い(個人の感想)。だから「アニメキャラ」とか「オタク文化」とかいった色眼鏡で見なければ、かなり洗練された戦略が必要な知的ゲームだと感じると同時に、それゆえに結局東大生が本気出したら最強みたいな感覚もまたある。運要素も絡むから麻雀が一番近いかもしれない。

 麻雀に例えるとイメージしやすと思うのだが、私の個人的な予想としては、世の中には絶対金を掛けてポケカ対戦をしているイケない大人がいると思う(個人の勝手な感想です)。『ヒカルの碁』でも賭け碁が出てくるくらいだし。

こういう値段になるのはカードゲームをプレイすることとはまた違った話だとは思いますが。

 少し話が逸れたが、以上のことを総合すると、【台場一丁目商店街】が表現する昭和レトロとは、少し昔の日本(=昭和レトロ)というのは何が出るかわからない仕組みのものに一攫千金を夢見て高額課金させることがはびこっていた時代という認識をもつに至ることになる。射倖心に満ち溢れていた時代、それが昭和。

 まあお祭りのくじ引き屋とか、昭和の時代のネズミ講とかにはそんなイメージがあるけどね。現代も本質的にはそんなに変わりはないものの、どちらかというと”意識高い系”をエサに罠に嵌めるイメージが強いので、令和より昭和の方が”儲かりまっせ”というド直球なイメージである。

それでも残る昭和レトロ

まったく同じ電話ボックスを【トキワ荘マンガミュージアム】で見た。

 ここまで、あまりにも世相を反映した店の立ち並びっぷりに昭和レトロに対する皮肉に満ち溢れた文章を綴ってきてしまったが、一応、当初のコンセプト「戦後昭和」を活かした展示等もあった。

なんで昔の家ってこけしが置いてあるんですかね?
私は人生で一度としてこけしを欲したことがないのですが。
ちなみに私の実家にもかつてはこけしが鎮座しておりました。
質屋さんって今でもあるけれど行ったことないわ〜
この前、買取専門店で姉の成人式の時の着物売ったら700円だったんだけど、それより高くお金貸してくれるかね?
ちょっと痩せた鉄人28号氏
0系新幹線の顔が鎮座していたのは10年以上前に訪れたときの記憶にもありました
駄菓子屋で消費税を取られるたびに「お前ぜったい年商1000万もないやろが!」って思ってた(つまり消費税納めてないのに客から取ってるやろってことね)。

 こういうのを見て思うのは、私は全然昭和レトロに心がときめかないなという事実である。全然、令和の方が良い。あの頃の方が良かったなと思うのは自販機のジュースの値段なくらいなもんで、昭和の方が倫理観とか貞操感とかめちゃくちゃで生きづらかったと思うのよね、一部の強者を除き。なんたって24時間労働に従事できることが美徳とされていた時代だから。

まあこのCMは平成初期だけど。

 こういった昭和レトロな物を目にすると、どうしたってその当時の価値観も含めて想起されてしまうのが昭和世代の人間のSA・GAである。まあ正確には私もここにある展示物の時代を生きたわけではないのだが、昔より今の方が良い時代だなと私の年齢でも思うということは、自分が生きた時代よりさらに昔の時代の方が良かったなんていうのは絶対ないなと思うのである。昭和レトロな時代の方が絶対にいろいろと理不尽だったはずだし。

この雰囲気を「懐かしい」と感じられるほどの高齢者が訪れることはもうほぼないだろうと推測される東京お台場になる「なつかし横丁」
なんたって私の親世代ですからな

コスモスって知ってる?

 この自販機のようなガチャガチャは通称「コスモス」と呼ばれるエモいマシンである。私関連でいえば、近所のパン屋さんに設置されていて、一度はガチャっとしてみたいとずっと憧れていた存在である。ガチャの景品が欲しいというよりは、この自動販売機形状の他のガチャガチャと一線を画す姿形のマシンで遊んでみたいという欲望から、パンを買いに行くたびに母親にねだっていた記憶がある。そして、一度たりともそのおねだりは成功したことがなかった。母はきっと、中身がロクでもないものであることを見抜いていたのだろう。

 しかし幼少期の私からしたら景品がどうのこうのというよりも、叶わなかった願いが己の中でくすぶり続けたということが問題であったのだと思う。ずっとやってみたいと願い続け、しかしついにその願いは一度も叶わなかったがために、いまこの場でこれを見つけ過剰に反応している次第である。

 そう考えると、我慢ができない人間になって欲しくないからと親心ゆえに子供に我慢をしいた結果、満たされぬ想いを抱え続け大人になってタガが外れた人間が出来上がってしまうということもまたあるのかもしれない。いわゆる”大人買い”を頻繁にする人間の中には、そうした経緯をもったゆえにその行為をする者ももしかしたらいるのかもしれない。

 ここまで言っておいてナンだが、私はこの「コスモス」の前で立ち止まり思う存分写真撮影をした後、結局購入していなかったりする

 なぜかって?

 家にいらないものが増えるのが死ぬほどイヤだからである。幼き日の満たされぬ想いより、こんまり先生に教わった人生がときめく片付けの魔法が私の内なる戦いに勝ったのだった。小物や雑貨って、買ったはいいものの使い所がなくて結局放置して数年後の掃除で捨てる——そんな未来が見えるようになった私がいる。

↓私はこの本を読んで大袈裟でなく人生が変わりました。
「おろしてネ」の「ネ」がカタカナなところが、このテプラを作った奴が絶対アラフォー以上であることを物語っている。つまり「コスモス」世代だ!

 物が増えるのが死ぬほどイヤな人間は、そもそも昭和レトロと相性が悪い——

 そんなことを気づく時間でもあった。とにかく目に入る全ての物が全然、まったく、これっぽっちも要らなかった(ミもフタもなし)。

アラフォー世代の男なら絶対に伝わると思うのだが、昔はビックリマンチョコが一つ30円で、その30円の菓子一つ買うために早朝から親とスーパーの前に並ぶという社会現象が頻発していたという狂気。しかも個数制限で1時間以上並んで1〜2個しか買えなかった。100円以下で幸せが買える時代だった。そんな時代に、ビックリマンシールの偽物もまた流行ったのだった。なんやねん「ビックリシール」って。

お台場探訪

頑張って同じような景観で撮影してみましたが、スカイツリーはそこまで高くなかったです。

 その他気になったものをつらつらと。お台場に来るとびっくりするのは、かつての繁栄がまったくないことである。とにかく人が少ない。レインボーブリッジを封鎖しようとしていた時代とは確実に時代が違うことを感じる。

このエレベーターは超印象に残った! この施設で唯一オシャレだと感じた”昭和レトロ”である
二番目に気に入ったのがこのトイレです。銭湯みたいで。
歯並びが私より良い
小学生の時はジャスコのたこ焼き屋さんでたこ焼きが250円で食べられていたのだが、それは私の母が「昔は50円持って駄菓子屋に行けば何でも買えた」と言っているのと同じようなことなのかもしれない。
”メダル王”って入れてもらおうか迷った
マツコDXとトークすることが夢でした。つわものどものがゆめのあと。
パンダはどこでしょう?

記念メダルについて

ラインナップ(2025年1月現在)

 今回、12年ぶりくらいに再訪したわけだが、メダルラインナップはその頃から一切変わっていなかった。この施設はオークコーポレーション系なので(つまり茶平公式HPの「販売場所リスト」未掲載)、オーク系にしては珍しいなと思ったり。デザインも全然変わってない。マイナーチェンジも感じない。強いて言えば、時代の変遷により着色方法が「塗料流し込み」→「インクジェットプリント」に変更されただろうということを知識としては知っているものの、見た目での違いは正直全然わからない。変わったのはお値段だけである(よもやキーホルダーが200円以上になる時代が来ようとは)。

メダルが製作された時期を考慮すると「左:塗料流し込み」「右:プリント」による着色だと思われます。違いまったくわからんけど。

 太鼓の昔にはオークではない会社が記念メダルを担当しており、その歴史は茶平公式HPでいまだに確認可能ではある。実は昔のメダルも素敵なデザインである。

 販売機や刻印機を彩るPOP類にも非常にセンスを感じる。敢えてのダンボールで制作しているところがハイセンスである。

おでんのように味が染み込んでいる
ブラウン管型の刻印機はこの施設ではマストであろう

 観光施設としては今やいろいろと思うことがありつつも、記念メダルに関しては昭和レトロなコンセプトがどハマりしているので、末長く存命いただきたいものである。

(過去記事)昭和って結構むちゃくちゃだったと思うんだけど、美化されがちだよね

 ここは茶平工業HPで「販売終了リスト」に掲載されていながらも販売がなされている稀有な例の「隠しメダル」である。そこには何らかの大人の事情があると思われるが、この世で一番記念メダルを愛しているだろうメダラー泣かせの場所である。記念メダルが、記念メダル収集家に寄り添ってはくれないという現実。

 ここはお台場フジテレビの真ん前にあるので、人もまた多く、にぎわっている。昭和のレトロな街の雰囲気を再現した施設で、いろいろな店もあり、昭和が好きな人にはツボにはまるだろう。私は『ALWAYS 三丁目の夕日』から端を発した世の中の「昭和賛美」に懐疑的なのでそんなにテンションは上がらなかったが、メダルのデザインはかなり凝っていてベスト5に入るくらい好きである。

 また、オート三輪などの「昭和のクルマ」に限っていえばかなり好きなので、そこだけはテンションが少し上がった。

 お台場には他にもメダル販売所があり、かなり記念メダルに積極的な地域であるといえる。流行の発信源の一つであるお台場――そこから積極的に発信されているはずなのに、なぜかイマイチメジャーになれない記念メダル独特のダサさを、私は愛している。でも、愛した女子からはついにその理解は得られなかったのもまたをかし(何が?)




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