京都府【平安神宮】 記念メダル

そもそもこういうことを言う男はモテない、という話

 ここ【平安神宮】は「小綺麗な場所だった」という印象以外ほとんどない場所である。赤い鳥居と広大な砂利の広場が小綺麗で、京都という土地柄で求める神社仏閣の中では異色の場所だったように記憶している。時折電車の車窓から見える新興宗教の施設みたいな(怖いたとえ)。

 ここにはほぼ記念メダルを購入するためだけに訪れたのだが、来る前にはとある女性と京都観光をしていた。その女性は佛教大学の通信講座を受講していて、そのスクーリングのため1週間のみウィークリーマンションを借りて京都に滞在していた。で、私がマイカーのオーディオ弄りをしている最中に連絡があり、「遊びにおいでよ」みたいなことを言われたので、すぐに高速に乗って京都に向かった。人は私を子犬と呼ぶ。

 で。

 クルマ(私の)を手に入れたその女性は嬉々としてクルマ(私の)を運転して京都中を回り、私は隣に乗ってその趣向に付き合った。それで、最後にお情けとして訪れた場所が、ここ【平安神宮】なのである。記念メダルが欲しいと伝えると、「えー、なにそれー」とものすごくめんどくさそうな顔を隠そうともしていなかったが、しぶしぶ向かったのだった(私のクルマで)。

 その後、「京野菜」を多く使った居酒屋で食事をし、すっかり酔っ払った私は彼女のウィークリーマンションで寝る――かと思わせて、コインパーキングに停めたマイカーで寝た。キャンピングカーだったので余裕っちであった。人は私を安全装置と呼ぶ。もちろん費用は全額私もちさ!

 私はこの記事で、「女性に軽々しく手を出さない誠実な男」だとか「据え膳を食わぬ腰抜け野郎」だとかと言いたいわけではない。

 女性は、記念メダルには理解を示さない。

 というただ1点のみを述べているだけである。ガソリン代も含めて全額費用を負担しているのに、記念メダルを買いに行くことに「えーっ」と言われてしまう、そんな世知辛い男女の世界なのである。そしてそれを世知辛いと思う心の小ささこそ私の人生に「モテ」の二文字がなかった最大の要因であると思われる。まる。

記念メダルについて

 この場所は恐らく、結構長いこと記念メダルを設置していると思われる。金メダルと同じ金型を使用したと思われる銀メダルは、現在では販売されていない。そして恐らくは、昔は銀メダルのみの販売だったのではないだろうか。別記事で少し触れたが、昔は銀メダルが主流だったのではないかと私は考えているのだが、それを根拠づける一つの証拠となるメダルでもある。おもて面背景が刻印面と同じようにザラザラタイプなのが時代を物語っている。また、銀メダルの方が刻印面が少し広いことも、金メダルよりも時代が古いことを示す要素の一つである。

 こうして歴史を紐解いていく作業も、邪道系記念メダラーの楽しみの一つである。まあ茶平工業に訊けば一発でわかる問題かもしれないけど~。

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