大阪府【梅田スカイビル空中庭園展望台】 記念メダル

 ここは少し変わった展望台で、屋上に設けられたビルとビルの間を繋ぐ渡り廊下のような庭園を散歩できるという場所である。他にはない展望台にしようとしたその心意気は◎である。ただ、風が強くて、冬は寒い。というミもフタもない感想。

 このビルは展望台以外も商業施設となっており、他にはない要素としては、映画館がある点が挙げられる。それも、いわゆる「ミニシアター系」と呼ばれるマニアックなライナップの映画を上映する映画館で、恐らく大阪近郊のそういった映画を好む「映画好き」と呼ばれる方々は、このビルをよく利用するのではなかろうか。私もかつてはミニシアター系映画を頻繁に観に行っていた時期があり、良いもんだなぁ~と素直に思う。その一方で、そうした経験を重ねるうちに、「私は爆発ドーン、ビルがガラガラがっしゃーんのハリウッド系大衆映画の方が好きだな」ということに気づき、というか「そもそも映画はそこまで好きではなく、普通くらいに好きだな」ということに気づき、「映画好き」と呼ばれる方々との間にグランドキャニオンよりも深くて広い溝があることに気づいた。それにも関わらず映画ブログを運営するのは、「どんなことでも続ければそれが自分の財産になる」という学校の先生の言葉を否定するためである。

 私は、ブログを続けていてプラスになったことは、ほとんどないといってよい。

 例えば、「CSS」や「タグ編集」などのブログデザイン、ひいてはブログそのものについての仕組みや知識を学ぶきっかけとなったので、それは自分の生活にとって確かにプラスになった面がある(情報分野の仕事も多いので)。ただそれは、どんなに多く見積もっても始めて1か月くらいで今ある知識は学んでいたので、「続けることが財産になる」ということとは根本的に違うのである。1か月で辞めても、今ある財産(知識)の価値にはなんら変わりはないからである。

 ブログを続けていると、ブログを書くことに時間を割かれてやりたいことができないというデメリットはあるが、「続けていることのメリット」というのはほぼないのが私のブログである。

 無論、有名ブロガーは続けていることにメリットがあることは容易に想像できる。あるいは、ブログを書くことが大好きな人、ブログを書くこと自体が救いになっている人というのも確かに存在するので、「続けることが財産になる人もいる」ということは全く否定する気はない。だが、「どんなことでも続けることは財産になる」というのは、言いすぎだと思うのである。特に「どんなことでも」という点が。

 私はむしろ、見切りをつけて別の新しいことにチャレンジをする姿勢というのも大事なのではないかと考えている。自分の才能に合致したこと、あるいは好きで続けられることに素直に取り組む方がよほどよいと思うのだが。苦痛なことを嫌々続けることよりも。

 というのも、この台詞が学校で聞かれる場面というのは、大抵「部活を辞めたい」と生徒が言って来たときなのである。それに対して学校の先生はお怒りをもって上記の台詞を大抵おっしゃるのだが、自分の指導を受け続けることがその生徒にとってかけがえのない財産になるという自信があるのは、すごいことだな~と思うのである。私だったら、自分の指導がその子の他の大きな可能性を奪い続けているのではないだろうかと不安になってしまうのだが。

 ということを知り合いの学校の先生に私の実例を交えて熱弁すると、大抵「コイツ、めんどくせー奴だな」という苦笑いではぐらかされる。私の終わらない反抗期(30代半ばのおっさんの話ね、これ)。

 空中庭園の話はどこにいった?




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