邪道【交通科学館】 記念メダル

 この【交通科学館】の記念メダルは、詳細不明である。

 【交通科学館】という名称と似た施設が複数個所ある。かつて大阪に存在した【交通科学博物館】では大量の記念メダルの存在や、閉館に伴う閉館記念メダルの発売が記憶に新しい(2014年閉館)。また東京には【交通博物館】という名称の施設が2006年まで存在した。この施設にも恐らく記念メダルが存在し、ネット上で見たことがある。また、後継施設である埼玉県の【鉄道博物館】でも記念メダルの販売がなされている(いた?)。

 【交通科学館】という名称の施設も、2か所存在する。 一つは広島県にある「広島市交通科学館」で、こちらは現在でも営業がなされている。記念メダルは恐らく存在しない(未確認だが)。少なくてもこの2枚の記念メダルが販売された場所ではないことは確定できる。というのも広島の交通科学館は、開館が1995年なのである。上のメダルは材質とデザインの古さから95年以前であることは明白であり、下のメダルは刻印が90年であることから開館前に成された物であることが判る。

 ということはもう一つの【交通科学館】ということになるのだろうか。もう一つは、かつて北九州市に存在した「北九州市立交通科学館」であり、こちらは2004年に閉館している。ただ、開館がいつだったのかは、頼みの綱のウィキペディアでも記事自体が作成されていないため、不明である。ちなみにこちらは現在では健康ランドになっているらしい。

 結局、ネットの力のみで調べられるのはここまでであった。「恐らくは」の壁は越えられず、詳細不明メダルの仲間入りである。なんなら、2枚の記念メダルが同じ【交通科学館】の物であるかどうかもわからない。メダルの材質とデザインから、2枚のメダルの年代は恐らく20年近い隔たりがあると予想される。少なく見積もっても15年は確実に開きがある。

 歴史の闇に埋もれてしまう記念メダルにも光を当てたいというのが「邪道」と分類したカテゴリーの存在意義であると考えているのだが、残念ながら私の力不足と情熱の無さから光を当てきれない物もこのようにして生まれる。コレクターとしてただ単に自分のコレクションを自慢したいだけなのか、記念メダルというコアな収集家がいる世界に向けて道標となるようなアーカイブスを作りたいのか、今となっては自分にもわからない。出発点は「自分が持っている記念メダルを出先で確認したい」という考えから始めたことであった。ただそれであるならば「邪道」と銘打ったカテゴリーは必要なく、記念メダラーの王道がそれであるように、自分で販売場所まで出向き購入できたものだけを収集すればよいわけで、いつしかそれだけが理由でこのようなブログを書き続けているわけではないことに自分自身で気づく。

 何のために、何の還元もないことを続けるのか。記念メダルを「邪道」な手段を用いてまで集めることにどのような意味を見出すのか。

 このように「ふと立ち止まる」ことがあると、そんなとりとめもないことを考えてしまうことがある。

記念メダルが好きで、記念メダルを深く愛したからこそ、記念メダルにまつわる悲しいことに遭遇することもまたある。

 それでも続けられるだけ続けていこうと力を振り絞って今日もブログを書くのは、やはり記念メダルが好きなのと、文章を書くのが好きなのと、自己満足である。自己が満足するのを感じる限りは続けていこうと思う。という誰にするわけでもない宣言。

 記念メダルに携わる様々な人が、お互いを認められる関係になれることを心から願っている(コレクターから何か言われたことはないが)。特にあの掲示板はちょっと荒れすぎで、あの場所を見ていると宗教戦争は永遠になくならないんだなぁという絶望感に苛まれる。同じものを愛しているはずなのに、わずかな違いが認められずに牙を剥く。管理者が不在に等しいネット掲示板などあんなものであると言ってしまえばそれまでなのだが。しかし、それでも、共通のモノに心惹かれて集まった人たちが、誰の裁定を受ける必要もなく互いの違いを認め、そして互いに配慮がなせる関係が築けることを願っている。

 こういう物言いは「上から目線」ともとれるので、本来忌避すべきことなのだが。自分の考えをアウトプットを通してまとめる意味合いもあるブログなので、このようになった次第である。こんな日もあるよね~

 大好きだった人が幸せになったことも、きっと無関係ではないかな(えらい話が飛んだな)。




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