邪道【陵雲台遊園地】 記念メダル

陵雲台展望台遊園地記念メダル
38ミリメダル(デカメダル)

 高度情報化社会に埋もれた情報

 このメダルは詳細不明である。スキーをするおもて面の図柄、「六甲登山記念」「六甲ケーブル」「陵雲台遊園地」の文字から、情報量も割と多いので容易に情報が得られるだろうと安易に考えていたのだが、グーグル先生に教えを乞うてもはっきりとした情報はまとめられなかった。

 特に「陵雲台遊園地」がクセモノであった。早い話が、そんな遊園地は(ネット上の情報には)存在しないのである。

 一つずつ紐解いていくことにする。まずおもて面の表層雪崩から必死に逃げているかのようなスキーの図柄であるが、これはおそらく「六甲山スノーパーク」ではないかと思われる。理由は単純で、六甲山で夜景ではなくスキーを楽しむ場所といったらここしか考えられないからである。開業は1964年で、メダルに刻印された日付「1968・1・14」とも符合する。このスキー場はもともと「六甲山人工スキー場」という名称であり、その名の通り開業当初から日本初の人工雪を使ったスキー場として親しまれていたそうな。後述の六甲ケーブルの駅「六甲山上駅」からさらにバスで移動した場所にある。スキー場でもかつては記念メダルの販売が割と盛んであったことから、もしかしたらここのレストランやお土産屋等で販売されていた可能性はある。しかし、「六甲山人工スキー場」という言葉はどこにも出てこないので、とんちんかんな推定をしている可能性も捨てきれない。

 次に、「六甲ケーブル」についてであるが、これは文字通り六甲山の麓から頂上へとを結ぶケーブルカー路線である。駅も「六甲ケーブル下駅」と「六甲山上駅」というそのまんまな名前の駅が二つあるだけで、その役割もとてもわかりやすい。ロープウェイやケーブルカー乗り場に記念メダル販売機が設置されることはままあることなので、もしかしたらどちらかの駅で販売されていた可能性がある。また「六甲登山記念」の文字から、「六甲山上駅」で販売されていた可能性の方が高いと思われる。六甲山上駅からバスに乗って上記の「六甲山人工スキー場」へと向かうことを考えれば、おもて面がスキーをしているところを描いた図柄であることも符合するといえる。ちなみに六甲山上駅ではコンサート等も開かれるらしい。山の上のコンサート!

 最後に「陵雲台遊園地」に関してだが、この言葉が最大の謎であり、この言葉があるおかげで「一体どこのメダルなんだ?」と場所を断定できないこととなった。

 すでに述べたが、「陵雲台遊園地」という名前の施設は存在しない。そこで一度行き詰った。しかし、ある方の個人的なブログで、六甲山頂上付近の眺望スポット一帯は「六甲ガーデンテラス」と呼ばれ、レストランやオシャレなオブジェ的な展望台があるのだが、その一帯のことを以前は「凌雲台」と呼んでいたそうな。「凌雲台」とはもともとは中国の魏の皇帝が洛陽に築かせた楼閣(高い建物)のことである。それにちなんで名づけられたのだと予想するが、なじまなかったのか今ではカタカナのオシャレを意識した名前となっている。

 で。

 この六甲山の方の「凌雲台」には、”自然遊園地”なるものがあったらしいのである。そして、そこには冬になると人工スキー場のゲレンデとなる長い下り傾斜があったそうな。

 それらのことを考えると、おもて面のスキーの図柄と、裏面の文字がすべて符合する。この記念メダルはその自然遊園地なり六甲ケーブルの駅なりにあったのではなかいと予想できるのである。

 ただし、最大の問題は、「凌雲台」の字が異なる点である。メダル裏面は「陵雲台遊園地」となっており、現「六甲ガーデンテラス」の過去の呼び名は「凌雲台」である。つまり「陵」か「凌」かの違いがある。漢字の意味的には、場所を考えれば「陵雲台」(「陵」=丘など)という方がしっくりくるのだが、いかんせん、元々の由来となった中国のものが「凌雲台」なのである。固有名詞であるならば、いかなる意味が込められていようと、書いたとおり正解である。果たして、なぜメダル裏面は「陵雲台遊園地」と書いてあるのだろうか。ただの間違いなのか? しかし、メダルを注文した側がこれに気が付かないとは思えない。そう考えれば、「陵雲台遊園地」でよかったということになる。

 結局この謎に対する答えは出なかった。どなかご存じあれば、ぜひご一報を。

 ちなみに「凌雲台」には「十国展望台」という360度回転する展望台があったらしい。そう聞いて記念メダラー的に思い起こすのは秋田県の【寒風山回転展望台】であろう。あれはなかなか面白い試みだと感じたのだが、実は他にも似たようなものが存在したということになる。残念ながら現在では「六甲枝垂れ」という全く別のオシャレな展望台として生まれ変わっているそうな。

記念メダルについて

 正直保存状態は悪いのだが、1960年代のメダルがよくぞ現存していたものだとそれだけでありがたい話である。図柄的には特に特筆すべきことはなく、しいて言うなら「とんでもなく雪が跳ね上がってますな」というくらいである。まるで爆風に乗って跳んでいるかのような絵である。どういう状況なんでしょうね?

 こうした古いメダルが残されていて、かつ、自分のもとへやってくるというのは、その間にあったであろうストーリーに思いを馳せると、なかなか感慨深いものである。骨董品収集が趣味な人もこんな感じのことを思ったりするのかな?




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