邪道【関西汽船 ゆふ丸】 記念メダル

【関西汽船 ゆふ丸】は、大阪〜四国〜九州別府間の瀬戸内海を運行していたフェリーである。このルートは、現在では【さんふらわあ】が就航している(南就航路には記念メダルあり)。関西汽船自体がさんふらわあに取り込まれたらしい。
【ゆふ丸】は、当時としては珍しい「乗用車を積み込めるフェリー」として重宝されたらしい。しかしながら、トラック等を積み込むことはできなかったため、後にお役御免となったようである。といってもその辺の社会情勢や経済観等は全くわからない。とりあえず【ゆふ丸】ってなんだか言いにくいよね! チケット買うとき噛んじゃいそうだからいけなかったんじゃない!?(超適当な意見)。
誕生は1971年で、関西汽船からお役御免となったのが1988年。その後1991年にギリシャに渡りクルーズ船として生まれ変わり、2004年トルコでスクラップにされた。たらい回しにあいながらなかなかしぶとく生き残ったといえる。以前アップ【鳥羽ぶらじる丸】もそうだが、フェリーは姿形そして役割を変えながら、しぶとく生き残る印象がある。やはりデカすぎて処分にも困るのだろうか。
以下、全く関係のない話である。昔バイト先に、大学生ではあるがなかなか年齢不詳な風体をした同級生がいたのだが、この人の趣味がまた大学生らしからぬもので「一人飲み」というものであった。そんな彼が、ある日一人で飲んでいると、カウンターで隣になったおじさんと仲良くなったという漫画のようなシチュエーションに遭遇したとのことであった。そこでおじさんは、その彼の風体を見て迷わず「仕事は何してんの?」と訊いてきたそうで、その彼もそんな風体で一人飲みなんてしているものだから「いえ、大学生です」とは素直に言えなかったようで、言った答えが「造船業です」だったらしい。
別に造船が有名な地域ではこれっぽっちもなく、むしろ私は人生において初めて「造船」という言葉を口にした人間を見たかもしれない。それくらい船造りには縁のない土地であり、かつ、彼が住んでいたのはむしろ山に近いところにある大学近くのボロアパートであった。船はおろか海を連想することすらできない、思い浮かぶものは「木々」ぐらいしかない土地であった。そんな彼が、飲み屋で偶然隣になったおじさんに嘘をついてまで告げた職業が「造船」なのである。
ひとたび造れば20年、30年、40年と活躍するフェリーのことを調べるにつれ、もしも時を巻き戻すことができるならば、その時の彼に「船を造ることをナメるんじゃねえ」と少しばかりの怒りを込めて言ってやりたい気持ちが湧きおこる。冗談で軽々しく口にしていい職業ではないぞ、俺でもできそうとか思ってるんじゃないだろうな、と。
ーーという、特にオチのない話ね、これ。
しかしなぜスクラップにするのにわざわざトルコまで回航されたんすかね? フェリーは好きなのだが、謎が多い乗り物の一つである。




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)