【販売場所】
@館内入ってすぐ
備考:販売終了。
萌えたい
【瀬戸大橋フィッシャーマンズワーフ】は2011年の11月末に閉鎖されたレジャー施設である。メダルの刻印を見ると2011年の3月に足を運んでいるので、私が無事に記念メダルを購入できたのも結構ギリギリだったということになる。閉鎖することなどつゆほども知らなかったので、運が良かったとしか言いようがない。
【瀬戸大橋フィッシャーマンズワーフ】は岡山ー香川間を結ぶ瀬戸大橋の途中にある与島PAに隣接され、PA内からの直通の道があった……ような気がする。あんまり覚えてないのだが。当時は記念メダルブログを運営しようなどとは夢にも思っていなかったので、メダルを買ってすぐに退場だったかもしれない。もったいないね! かつての自分。
この与島PA自体には閉園後も何度か訪れているのだが、この度「記事をもう少しだけ充実させようかな」と急に思い立ち、少しだけ写真を撮るために2023年6月末に再び立ち寄ることにした。早朝5時に。
記念メダルを購入してから実に10年以上の月日が経っていた。
いつの間にか萌えていた。
この10年の間に与島に一体何があったのだろうか?
というか、萌えよりも何よりも「四国萌ぇ隊」という名付けたセンスである。5周くらい回って逆にセンスがあるとさえ言える。萌ぇ隊の「え」は小さい「ぇ」が正式である。時東ぁみの「ぁ」と同じである。
ちなみにこの「四国萌ぇ隊」、一応公式Twitterアカウントが存在するのだが、10年くらい稼働しておらず、いろいろな感情に苛まれて何もコメントが出てこない。
ネーミングセンスとか看板の左上にいるちょんまげな鳥さんのコメントとかツイートのうっすい内容とかSNS運用を途中で放り出しちゃっている感じとか、企画者のおっさん臭がぷんぷん漂ってくる仕様の「四国萌ぇ隊」であるが、そんな彼女たちが断末魔の叫びのようにPRしていた「架け橋 夢うどん」はマジで結構美味しいので、香川から脱出する際の〆の一杯として食すのは全然ありである。この時は早朝過ぎて開店前であったが、4、5年前に四国を旅した折には最後の一杯としてここで釜玉うどんを食べた。この時の旅は実は満足に香川のうどんを堪能することができなかった忙しないものだったのだが、この「架け橋 夢うどん」の一杯でそれなりに満足した気持ちになったことをよく覚えている。もちろんこの時も、オープンしていたなら食べたかったくらいである。
この4人娘の行く末が暗澹たるものであることは間違いないが(むしろもう”行く末”なんぞ無いのかもしれない)、この与島PA自体はとても良いPAであるので、四国を巡る旅の際にはぜひ一度は立ち寄っていただきたい。うどんもおいしいし、瀬戸大橋の迫力も、日頃景色とかに全然無感動である私でも「おおっ∑(゚Д゚)」と思うくらいにはなかなか良いものであった。
個人的には、日本最大級の人気SA「海老名サービスエリア」よりもよっぽどハッピーな場所だと思うのだが、いまいち話題に上がることが少ない与島PA。橋は大迫力だし、うどんはうまいし、四国萌ぇ隊がいるし、瀬戸大橋を渡る際にはすべからく立ち寄るべし。
(過去記事)四国なのか本州なのか
ここ【フィッシャーマンズ・ワーフ】は、瀬戸大橋の途中に浮かぶ島、かつ、高速道路である瀬戸大橋のパーキングエリアである与島PAに併設された観光施設であった。
が。
今はもうない。
簡単に言えば、バブル時代の遺物が、淘汰されたという形である。それだけに過ぎない。
しかし、与島関係者にとっては、そんな言葉では済ますことはできないほどの衝撃であっただろう。その辺のことをまとめたドキュメンタリーすら製作されているので、香川県民にとっては大きな事件であったはずである。
私が訪れたときはもちろんまだ運営されていたのだが、正直特に賑わっていたという印象はない。前日に与島PAで車中泊し、翌日そのままここを訪れたのだが、与島PAの方が圧倒的に賑わっていて、こちらにわざわざ来る客というのはほとんどいなかった。
印象も、「バブリーな古い施設だなぁ」という印象以上の物はなく、与島PAの方が滞在していて楽しかった。与島PAで食べた一発目の釜玉うどんがめっちゃうまくて、「香川キター」という実感が湧いた。香川県はさすがサービスエリアで食べるうどんすらうまいのか!? と。PAとしては立ち寄るといつも大繁盛している印象がある。
やはり、与島は「立ち寄る観光スポット」であったのである。「滞在型」に転換しようとしたことがアダとなったとしか思えない。
与島PAから見る瀬戸大橋は圧巻の一言である。橋を吊り下げているロープ? の見本が展示されているのだが、もはやロープ・ケーブルとは呼べないとんでもない太さで、輪切りにされたその見本を見るとなんなら食卓として使うにも大きいレベルであることが勉強できる。
現在では、瀬戸大橋を走る際、この【フィッシャーマンズワーフ】の跡地を上から望むことができる。跡地に遺されている建物はやはりバブリーな雰囲気がバリバリで、「つわものどもが夢の跡」である。遥か上空の橋の上からでも痛ましい遺跡となっているのが見て取れる。
瀬戸大橋の凄まじい通行料も、そろそろ改めないと痛い目を見るかもしれない。「四国に行く」という目的なら、断然「しまなみ海道」の時代であることよ。
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