邪道【姫路城】 記念メダル

↓新旧記念メダル比較【現行メダル】

小田原城と同じで、デザイン自体はほぼ同一だが、地肌がザラザラかスベスベかの違いがある。裏面は全く異なるが、【姫路城】のこのメダルの裏面はいろいろなバージョンがあるので、もしかしたら過去こうしたバージョンの現行メダルも販売されていたかもしれない。

 一番に目を引くところは、現行メダルでは「世界文化遺産」と銘打たれている箇所が、本メダルでは「国宝」となっているところである。単純に考えれば、世界遺産登録がなされる前に製造された記念メダルであるということになる。【姫路城】が世界遺産に日本史上初めて登録されたのは1993年であるので、それ以前が地肌ザラザラメダルの時代であった(あるいはザラザラとスベスベの共生があった)と考えられる。この辺りの歴史を時間があるときに紐解いてみたいものである。が、その時間はなかなかないという世のままならさよ。

 

(追記:気がつかずに邪道【姫路城】の記事を2回書いちゃったので……) 

 【姫路城】は、言わずと知れた現存天守閣を有する国宝の城で、「白鷺城」の異名を持つ木造城である。現在では姫路公園の中心に存在し、観光客で大変にぎわっている。休日に行くと疲れるくらい人がいるし、入場規制もありなかなか天守閣までたどり着けない。現在販売されている記念メダルを購入するだけならチケット売り場横の売店と、姫路公園の向かいに位置するおみやげ屋さんで別のメダルが分かれて売られている。平成の修理を終えた現在では異名のとおり真っ白な城となり、「なんか雰囲気がなくなった」と世間から思わぬブーイングを受けた。「白鷺城」と呼ばれるくらいなのだからこれが本来の姿だろうに、世の中とはままならぬものである。 私は現存天守閣を有する城は大好きである。鉄筋コンクリート製の、城とは名ばかりの博物館である再建城は心底嫌いなのだが、現存天守閣はそれ自体が歴史的なものであり、鈍感と不感症を絵に描いたような私のような人間でも、入るとそこに趣を感じてしまうのである。城内の階段がたいてい「ハシゴ」ともいえるような急な造りで膝が超痛いけど。そのバリアフリーを完全に度外視した造りが、現代にはない歴史を感じる発想であるといえる(再建するならバリアフリーであるべきだと思うけどね)。 そんな【姫路城】であるが、誰が建てたかというと「赤松貞範」であるとする説が有力であるらしい。で、誰やねんという話なわけである。もっとも、全国に存在する現存天守閣は、現在まで残っているからすげーというだけの話であって、歴史的には特に重要だったわけではないということが多い。もちろん「歴史をどう見るか」ということで変わってくることもあろうが、少なくても歴史上有名な人物が建てたわけではないことが多い。そのため、たいてい場内のどこかに掲示されている城の歴史を見ると、かするようにこの城に訪れた有名人を猛プッシュしていることが多い。【姫路城】でいえば、1580年から3年ほどあの秀吉が入城していたとされる(メダル裏面参照)。【姫路城】を拠点としているときに「山崎の戦い(明智光秀ぶっころ)」があったり城下町の整備があったりしたのだが、これから天下統一だ〜というときには【大阪城】へ移っているのである。つまり、一番肝心の部分は【大阪城】に持っていかれているのだが、その後の活躍の足がかりとなった場所ということで「出世城」という異名をもつに至った。モノは言いようだなと思わなくもないわけでもないというかないわけだが、これはまだエピソード(歴史)的には「もってるほう」で、例えば【丸亀城】などは歴史を紐解いても「よく生き残ったね」という逸話しかほとんどない。歴史上重要な拠点になったとか重要人物が居住したといういわゆる「箔」はないのである。 それでも、歴史とドラマに満ちているものの現在は鉄筋コンクリートと化した【大阪城】よりも、主要な歴史に登場することはないもののその佇まいが歴史を語る丸亀城】の方が私は1000倍好きである。【姫路城】と比べれば2000倍になるかもしれない。 鉄筋コンクリートと写真パネルで語られる歴史よりも、城の佇まいで語られる歴史の方が胸に響くのである。まあ説明されても覚えられないけど、見て感じたものは何となく覚えてるという単純なことなんだけどね〜。




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